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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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せんこうはなびの約束

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 次の次の週明け、中途採用で新しく営業担当が1人入社してきた。その前の週末から、どんな人が来るのかと営業事務の女子社員の間では話題が飛んでいた。
 『総務では当然わかってるんだよね。何か教えてもらえた?』
 『うーん、さすがに主任さんは口が堅いわ。でも同期の子からちょっとだけ聞けた。年は28、いや29だったかな。とにかくそのへん』
 『なんでこんな時期に入ってくんのかな』
 『まあ今はリストラも転職もめずらしくないからねえ、時期なんて関係ないでしょ』
 『男だよね、当然』
 『そうみたい』
 先輩たちが話すのを、伝票の整理をしながら聞いていた。自分はたまたま、中小企業ながらも雇用条件の悪くなかった今の会社に、就職活動を始めて早い段階で内定をもらうことができた。けれど卒業近くなっても就職の決まらなかった友達、決まったのに入社直前で取り消されて今も就活をしている友達を知っているから、漠然とだけど世間の厳しさは感じている。
 だから、30歳近くなって会社を辞めて次を探すなんて大変だっただろうなと、その時はそんなふうに思っただけだった。
 ……そして週明けの朝、営業部全員が集まっての朝礼の場。
 「へえ、けっこうイケてんじゃない?」
 「指輪はしてないよね、9割方独身かな」
 ひそひそと先輩たちが話す横で、自分は前方を見たまま呆然としていた。……今、見ている光景を、信じられないでいたから。
 「今日からこちらでお世話になります、永井洋一です。一日も早く会社の力になれるよう頑張りますので、よろしくお願いします」
 そう言ってこちらに、営業部員全員に頭を下げているのは、中途入社の新しい社員。
 背が高くなった。細かった体はがっしりとして、年相応に大人びている。けれど面影はしっかり残っていて、名前を聞くまでもなく自分にはすぐにわかった。
 14年間会いたいと願い続けた「おにいちゃん」が、そこに立っていた。

 ものすごく頑張って、その日の仕事を定時で終わらせた。先輩たちがそろって目を丸くする中「大事な用があるのでお先に失礼します」と挨拶し、やや唖然とした事務リーダーの先輩社員が返事をするが早いか、営業部の部屋を飛び出す。
 少し前に部屋を出た、10数メートル前を行く背中を追い、半分ほどに距離が縮まったところで呼びかける。
 「永井さん!」
 相手は足を止め、振り返った。不思議そうにこちらを見つめる顔を間近で見て、確信を深める。——ああ、やっぱり「おにいちゃん」だ、間違いない。
 「ええと、営業事務の人ですよね? 何か」
 「はい、辻下です。辻下、実咲といいます」
 反応を待った。あれから14年も経つのだから忘れていて当然だと思いながらも、もしかしたらという捨てきれない小さな期待も抱えて。
 つじした、と唇だけ動かした洋一は、しばらくぽかんとした表情でまばたきを繰り返していた。その目が唐突に見開かれ、「あ」という唇の動きは、今度は声と同時だった。
 「……みさちゃん? 社宅の2つ隣にいた、辻下さん家の?」
 「はい!」
 返事とともに大きくうなずいた。自分の声の大きさに口を押さえつつも、嬉しすぎて、顔が笑み崩れるのは抑えられない。
 「すごいな、偶然だね。元気にしてた?」
 「見ての通りです。おに……永井さんはどうしてたんですか。急に手紙も年賀状も届かなくなっちゃったから、心配だったんです」
 「ああ、大学入った年に親が転勤になったんだけど……住所変更できてなかったのかな。俺も一人暮らし始めたとこだったからそこまで気が回らなくて。悪かったね」
 自然な口調でそんなふうに言う洋一に、懐かしさとさらなる嬉しさが湧いてくる。昔と全然変わっていない、彼の優しさに。
 「あの、わたし、……」
 あの時のことを謝りたいが、彼は覚えているだろうかと思うと少し気が挫けて、つい別のことが口をついて出る。
 「っと、週末、土曜とか空いてないですか。か、彼女と約束とかしてます?」
 「え? いや、今のところは別に。仕事がどうなるかはわかんないけど、彼女は今いないし」
 内心思わずガッツポーズを取ってから、
 「じゃあ、うちに来ませんか、実家。両親も永井さん家どうしたのかなって気にしてましたから、喜ぶと思うんで。それに」
 花火ありますから、と小さく付け加える。先々週にセールで見つけたセットを1つ買う気になったのは、もしかしたら予感があったのだろうか。唐突さに洋一はちょっと首をかしげたが、「そういえば昔よくやったね」と返してくれた。
 「はい、あの……あの時はごめんなさい、わたしのせいで熱出したって後で聞いて。だから直接謝りたいって、ずっと思ってて」
 「ん、ああ、みさちゃん家が引っ越す前か。そんなに気にしてくれてたの? あれは俺も不注意だったからさ、みさちゃんのせいじゃないよ。そういやあの時、また花火やろうって言ったっけね」
 屈託ない笑みとともに出てくる言葉のひとつひとつが、現実とは思えないほどに、声にならないぐらいに嬉しい。
 「うん、俺もおじさんおばさんには会いたいかな。はっきり休みだってわかったら連絡するから、携帯教えてもらえる?」
 と言われて、一も二もなくうなずいた。彼が昔のように優しく接してくれる理由が、懐かしさだけであってもかまわない。奇跡のような再会の縁をつないでおけるだけでも、今は。
 ——だけどいつか、女の子として特別な、一人だけの存在になりたい。
 心の奥にしまっていた気持ちにちりりと火が点き、じわじわと広がるのを感じた。あの日見た線香花火の、小さな炎のように。