新世界
真っ白い部屋に、真っ白の僕一人。
もしかしたら、僕がここに来て、まだ一日もたってないのかもしれない。だって僕はまだ眠っていない。眠くもなっていない。っていうことはつまり、まだ僕の体内時計は一日を刻んでいないってことだろう。
それにしても、昨日までの記憶が一切無い自分は、どうしてしまったのだろう。昨日の僕に、何があったのだろう。僕はここにいつからいて、いつから記憶を失ってしまったのだろう。どうして、何故、僕はこんな所にいるんだろう。
白い白い部屋。白い白い自分。
そんなことを考えている間に、いつの間にか眠ってしまってたみたいなんだ。眠くなんてない、って思ってたくせにね。おかしいよね。でも、眼を開ける寸前に、ちょっと願ってみたりしたんだ。実はさっきまでいた部屋は夢で、僕は今まで眠り続けていたとかいう落ちでありますように、ってね。でも、そう願う時に限って、大抵現実なんだよ。そう、これは現実だった。
あーあ、ってあくびをして、それからふと気づいたんだ。どうして僕の眼が、覚めたのか。それは、音だった。断続的に、何かの音が部屋の外から聞こえてくるんだよ。ぶぃん、ぶぃん、とさ。何の音だろう、と、まず僕は考えたね。何かの機械の作動音みたいな音だ。それが、徐々に近づいてくるんだ。この部屋にね。
もしかしたらロボットでも歩いてるのかもしれない、なんて僕は夢想した。夢想、いいじゃないか。僕くらいの年頃の男の子は、ロボットについて多かれ少なかれ夢想するものなんだ。
さて、その機械音がぎりぎりまでこちらに接近した。相変わらずぶぃん、ぶぃん、といっている。僕も相変わらずロボットの体躯について夢想しながら、あるいは妄想しながら、その音を聞いている。そして、その音が止むと同時に、部屋全体に、きいん、という金属質の衝撃が走った。僕は、何事かと壁に手を突いて混乱した。この部屋は、ロボットに体当たりされたくらいで揺れるほど、耐震構造がやわなんだろうか。
きいい……ん、と余韻を残して、衝撃は去った。段々と、揺れも収まってきた。はあ、と息をついて額を拭い、音の正体の次なるアプローチを待っていると、不意に、白い部屋の白い壁の一つの面が、ずずず、と音を立てて動き始めた。
次は何だ、と息をのんで見つめていると、やがて動いていた壁はその隣の壁でさえぎられて見えなくなってしまった。つまり、壁はスライドして、この部屋を外界へ開かせたんだ。外界、っていうと少し大げさに感じるかもしれないけど、今の僕にとって部屋の外は新世界も同様だ。そこで、慌てふためいて、壁が喪失した場所へ走り寄った。
そこへ行き着いて、僕は呆気に取られてしまったよ。そこには、また、白い部屋が広がっていたんだから。