テーマ『魚』
軽く助けを求められても、当のマノは知らん振りのまま、糸の先を上下させて魚を誘き寄せる作業に集中していた。
いつのまにか煙草まで吸ってやがった。
「「せーの……」」
と、勢いはあるが実に可愛らしい締めの掛け声が聞こえてきたため、流石のウルフも焦り出し、そして
「……分かったよ!……チャラにする。」
マノの提案をあっさりと受け入れたのだった。
それを聞いた途端、咥えていた煙草をプッと吹き出し海へ捨てると、
「まー、らー。もういいよ、やめな。」
と、マノは少し小声で二人に言い聞かせた。
ちなみに、マノが使った『まー』と『らー』は二人の愛称であり、姉が『マリエス』で『まー』、妹が『ラムリス』で『らー』となっている。
マノ曰く、もうちょっと成長したら名前で呼ぶそうだ。
そんな、未だ愛称でしか呼ばれない二人は聞こえてきた命令に
「「はぁーい。」」
と、これまた可愛らしい声で返事をし、そのまま先程までいた焚き火の側へと帰っていった。
焚き火の所へ着くと、すぐ側のコンクリの地面にちょこんと二人同時に座り、肩を合わせ暖をとり始めた。
一時的に釣りは中断されたが、これによりまた再開されたのだった。
「ったく……で、この釣りはどうすんだ。もとは足りない代金の代わりに魚釣ることにしたんじゃねぇか。」
「釣ったら釣ったで、二人にやる。」
ピッとマノが指差す方向には、先程と変わらぬ笑顔でいる二人の姉妹がいた。
何時の間にか肩ではなく、冷えた頬同士をくっつけて暖めあっていた。
「……それはそれで、いいの、か?」
「構わんね。うちの娘らはもともと魚好きだしな、うちの晩飯代の削減にも繋がる。」
「……って、おい、得するのお前だけじゃねぇか!」
ドッと不満が噴出したウルフだが、また当のマノは知らん振りまま沈黙を保っていた。
――ちなみに(これで何回目になることやら)、マノが二人のことを『娘ら』と呼んでいたが、あれは例えの意味ではなく、本来の意味での『娘ら』である。
血の成分で言えば、獣人は二分の一が人間のものである。
そこに、同じ獣人の血が混ざれば、そこからはまた同じ構成分の獣人が出来る。
が、ここに完全な人間の血が混ざれば、そこから出来るのは、四分の三が人間の血、逆を言えば四分の一しか獣ではない『亜獣人』と呼ばれる存在が出来上がる。
この『亜獣人』は、一般的に完全な人間に獣のパーツがついただけの見た目である。
故に、この特徴に当てはまるまーとらーの二人も、『亜獣人』なのだ。
そしてその父親が人間のマノ、と……マノさんや、一体どこの誰の娘だい……
まぁいい、先の会話に戻ろう。
「まぁいい、とりあえず、なんかオチでもないと面白くない。勝負するぞ、どっちが早く釣り上げるか、だ。」
ウルフは躍起になったのか、必死の形相で水面を見ている。
熱くなったのか、被っていたフードをとり、その男性ながらも美しく長い黒髪を露出させ、頭部が冷えることに目も暮れず勝負に挑もうとしている。
「……すまんが、その勝負なしだ。」
「はぁ?!何言って……あ。」
マノの突然の勝負放棄宣言に少々怒ったウルフが、マノの方へ首を九十度回すと、そこにはまだ口に針をつけ元気に尾びれを動かしている真鯛を持った、マノの姿があった。
二人の姿を見てか、まーとらーの二人はちょっと可笑しそうにケラケラと笑っていたのだった。