テーマ『魚』
人多き王都の華やかさは微塵も感じられぬ、『王国』の保有する唯一の港。
海洋に面しており、且つ障害なく港として――他の地域のほとんどは断崖絶壁のため――使用できる場所はここだけであるので、貿易港・漁港・客船埠頭・海運市場・軍港の全ての機能が一つに纏められ、もとい無理矢理押し込められている。
十二月の初旬だというのに、多少狂った気候のせいか、今年に入ってから未だに降雪が確認されていない。
市街地の至る所に出来た水溜りに薄氷は張ったりしたが、元気で無邪気に遊んでいる無垢な子供の手、と言うかむしろ足によって全部踏まれて粉砕された。
雪がないため、港の漁師らは「ただ寒いだけだ」と盛んに漁へと出、帰航後は飲酒・喫煙・馬鹿騒ぎに徹しているが、やはり冬の気候に変わりはなく、やっぱ寒い様だ。
その証拠かどうかは分からないが、今に時期になって熱燗の売り上げが、特に低所得者層の消費量が大幅に増大したらしい。
そんな漁師のテンションの高さを示すグラフを無視するが如く、海運市場は外気よろしくだいぶ冷え切っており、船の出入りする港もだいぶ冷え切っていた。
また、その影響を受けて、今まで盛んに漁へ出ていた船と漁師の数が、ここ数週間の間で大幅に減ってしまった。
要は、今の港の風景は「港に漁師とか業者とか人いないんですけど」状態となっているのだ。
唯でさえ少ない漁獲高が、今回のストライキ染みた禁漁でほぼ0にまでなってしまい、『政府』のお偉い方も漁師や市場に対する援助を決め、代わりに赤字まみれな港の漁港機能を一時停止させることも決定した。
……そうして、漁港入り口にはでかでかと『KEEP OUT』の黄色いテープが張られるようになった。
本来ならば一般人はこれで立ち入り禁止となるのだが、そういった類の制止を聞く耳持たぬ輩もおると言うことを忘れないで欲しい。
果たして寒く寂しい港に打ち寄せる冬の荒波に耐える防波堤、その上にぽつぽつと人がおり、こんな寒い日に陽気なものだ、釣りをしている。
実質釣りに勤しんでいるのは防波堤から脚を投げ出している野郎共二人――どちらも暖かそうな羽毛のコートを着て、モサモサしたフードを深々と被っているため、目の部分しか見えない――だけで、その後ろでは二人の至極妙齢な女子――どちらも、どう見ても小学生にしか見えぬ身長――がいろいろと遊んだり焚き火を囲んでいる。
今回はこの四人にスポットが当たります。
ひたすら荒波に向かって釣り糸を垂らし続ける二人の野郎共は、やっぱ寒いらしく、鼻水を啜りながら釣りを続けていた。
後ろからサラウンドの如く聞こえてくる二人の女子の多少喧しい声にも気を向けず、絶えず水面に沈めという念を送り続ける二人は、ひょっとすると寝てるのではないかという疑問を抱くほど静かである。
「……起きてるか義兄<ウルフ>、まさか寝てないだろうな。」
「起きてるわ、お前<マノ>と一緒にすんな。」
目視で再確認すると、左の多少緑がかったコートに包まれているのがウルフ、右の薄い黄土色のコートに包まれているのがマノのようだ。
二人とも、かなりの長期戦に挑んでいるようで、足を包んでいるガワに付いたかなりの量の波飛沫が、この酷く冷え切った気候のせいで凍り付いてきていた。
しかも、身を包んでいるコートの所々にも霜が見てとられる。
よくこんな状況下で、しかもこんなに氷が身を包み始めるほどの長時間も、ただただ釣りが出来るものだと感心したくなってきた。
が、二人の間――これまた冷たいコンクリの地面に置かれた――のバケツを見ると、魚なぞ唯の一匹もいない。
こんだけ頑張ってノーリターン……乙なものだ、としか言えない。
というか無残。
「……んで、注文のほうは結局どうなってるんよ……」
突然、眠気覚ましかと思われるマノの発言の矛先が、隣で多少うとうとしていたウルフへと向けられた。
綺麗な鼻提灯まで出していたウルフは、それをパツンと割り半開きにしていた双眸をパチリと開け、もう一度首を定位置へと戻した。
「ん、あぁ・・・釣りの結果しだいでは、お前のポケットマネーで。」
「……無理だぞあんな大金、支払えるわけ」
「持ってんのに出し惜しみすんじゃないよー……知ってるよー、この前『お上』から小遣い貰ったんでしょ?」
嫌味そうに、マノのほうへ人差し指を向けたまま固まっている。
指を指されたマノは、ウルフよりも更に嫌味な顔をしていた。
ついでにへの字に口が曲がってる。
「……あれは小遣い、これは小間使い、まったく関係ないね。第一、99%もOFFならタダも同然だろうが。」
「いーや、駄目だね。俺だって商売人だ、一歩も譲る気はないさ。」
「……けり落としてやろうか、こっから。」
「それはご勘弁。でも落としたら『お上』の注文は無効だぞ。」
多少悔しそうに歯噛みし、さっき以上に嫌そうな表情でウルフを見続けているマノ。
また無言になりそうになるかと思いきや、どこからともなく
「「ウルフはいじわるだなぁ~。」」
と、かなり幼そうな重複音声が二人の耳に入ってきた。
何かと思い――二人とも誰かは分かってはいたが――声の聞こえてきた後ろを見ると、先の至極妙齢な女の子二人が、魚のいないバケツの側に立っていた。
その二人とも、背丈は並の小学生とほぼ変わらず、その容姿・顔つき・髪色・着ている衣服(コート)・とっているポーズまで全て一緒、つまりは双子だ。
二人の見た目は、そこいらのお子様となんら変わらぬ容姿だ……が、敢えて挙げるのならば、人間的特長から懸け離れた答えとなる、身体の一部分に『獣』、あるいは『ネコ』たる『耳』と『尻尾』があることだった。
この『国』を中心とした文化圏では一般的な『亜人種』である『獣人』、二人はこれに分類される。
『獣人』であれば、身体的な特徴である動物特有の器官が、モチーフとなる動物と同じ部分に現れたり、顔つきや肌の色もその動物と似たような構成になるが、先の二人を見ると、髪色はなんの動物かも分からないピンク色、顔つきや肌色もほぼ、というより完全な『黄色人種の人間』のそれだ。
それには深い理由があるが、そろそろ会話のほうに戻っていきたい……
ちなみに、この日の気候に合わせ、二人は頭に人より余分についた耳をスッポリと隠せるよう、橙色の所謂『ネコミミニット帽』を被り、腰についた尻尾も先端以外は赤みがかった灰色のコートの中へ閉まっていた。
また更なる寒さ対策として、黄色い手袋と青いマフラーもしている。
どんだけ寒がりなことやら。
「「そんなにいじわるするんなら、落とすよ~。」」
二人はそう言うと、発言が冗談ではないことを示さんがため、座っていたウルフの背中をぐいぐいと防波堤の向こう側へ落とそうと押し始めたのだった。
「うりゃ~!」
「おりゃ~!」
二人が一所懸命押していると、ウルフの身体が序序に防波堤の縁へと押しやられていき、
遂にはあと二十センチもあれば落ちてしまいそうな所まで追いやられてしまった。
「……おいマノ、止めさせてくれ。下手すりゃ死んじまう。」
海洋に面しており、且つ障害なく港として――他の地域のほとんどは断崖絶壁のため――使用できる場所はここだけであるので、貿易港・漁港・客船埠頭・海運市場・軍港の全ての機能が一つに纏められ、もとい無理矢理押し込められている。
十二月の初旬だというのに、多少狂った気候のせいか、今年に入ってから未だに降雪が確認されていない。
市街地の至る所に出来た水溜りに薄氷は張ったりしたが、元気で無邪気に遊んでいる無垢な子供の手、と言うかむしろ足によって全部踏まれて粉砕された。
雪がないため、港の漁師らは「ただ寒いだけだ」と盛んに漁へと出、帰航後は飲酒・喫煙・馬鹿騒ぎに徹しているが、やはり冬の気候に変わりはなく、やっぱ寒い様だ。
その証拠かどうかは分からないが、今に時期になって熱燗の売り上げが、特に低所得者層の消費量が大幅に増大したらしい。
そんな漁師のテンションの高さを示すグラフを無視するが如く、海運市場は外気よろしくだいぶ冷え切っており、船の出入りする港もだいぶ冷え切っていた。
また、その影響を受けて、今まで盛んに漁へ出ていた船と漁師の数が、ここ数週間の間で大幅に減ってしまった。
要は、今の港の風景は「港に漁師とか業者とか人いないんですけど」状態となっているのだ。
唯でさえ少ない漁獲高が、今回のストライキ染みた禁漁でほぼ0にまでなってしまい、『政府』のお偉い方も漁師や市場に対する援助を決め、代わりに赤字まみれな港の漁港機能を一時停止させることも決定した。
……そうして、漁港入り口にはでかでかと『KEEP OUT』の黄色いテープが張られるようになった。
本来ならば一般人はこれで立ち入り禁止となるのだが、そういった類の制止を聞く耳持たぬ輩もおると言うことを忘れないで欲しい。
果たして寒く寂しい港に打ち寄せる冬の荒波に耐える防波堤、その上にぽつぽつと人がおり、こんな寒い日に陽気なものだ、釣りをしている。
実質釣りに勤しんでいるのは防波堤から脚を投げ出している野郎共二人――どちらも暖かそうな羽毛のコートを着て、モサモサしたフードを深々と被っているため、目の部分しか見えない――だけで、その後ろでは二人の至極妙齢な女子――どちらも、どう見ても小学生にしか見えぬ身長――がいろいろと遊んだり焚き火を囲んでいる。
今回はこの四人にスポットが当たります。
ひたすら荒波に向かって釣り糸を垂らし続ける二人の野郎共は、やっぱ寒いらしく、鼻水を啜りながら釣りを続けていた。
後ろからサラウンドの如く聞こえてくる二人の女子の多少喧しい声にも気を向けず、絶えず水面に沈めという念を送り続ける二人は、ひょっとすると寝てるのではないかという疑問を抱くほど静かである。
「……起きてるか義兄<ウルフ>、まさか寝てないだろうな。」
「起きてるわ、お前<マノ>と一緒にすんな。」
目視で再確認すると、左の多少緑がかったコートに包まれているのがウルフ、右の薄い黄土色のコートに包まれているのがマノのようだ。
二人とも、かなりの長期戦に挑んでいるようで、足を包んでいるガワに付いたかなりの量の波飛沫が、この酷く冷え切った気候のせいで凍り付いてきていた。
しかも、身を包んでいるコートの所々にも霜が見てとられる。
よくこんな状況下で、しかもこんなに氷が身を包み始めるほどの長時間も、ただただ釣りが出来るものだと感心したくなってきた。
が、二人の間――これまた冷たいコンクリの地面に置かれた――のバケツを見ると、魚なぞ唯の一匹もいない。
こんだけ頑張ってノーリターン……乙なものだ、としか言えない。
というか無残。
「……んで、注文のほうは結局どうなってるんよ……」
突然、眠気覚ましかと思われるマノの発言の矛先が、隣で多少うとうとしていたウルフへと向けられた。
綺麗な鼻提灯まで出していたウルフは、それをパツンと割り半開きにしていた双眸をパチリと開け、もう一度首を定位置へと戻した。
「ん、あぁ・・・釣りの結果しだいでは、お前のポケットマネーで。」
「……無理だぞあんな大金、支払えるわけ」
「持ってんのに出し惜しみすんじゃないよー……知ってるよー、この前『お上』から小遣い貰ったんでしょ?」
嫌味そうに、マノのほうへ人差し指を向けたまま固まっている。
指を指されたマノは、ウルフよりも更に嫌味な顔をしていた。
ついでにへの字に口が曲がってる。
「……あれは小遣い、これは小間使い、まったく関係ないね。第一、99%もOFFならタダも同然だろうが。」
「いーや、駄目だね。俺だって商売人だ、一歩も譲る気はないさ。」
「……けり落としてやろうか、こっから。」
「それはご勘弁。でも落としたら『お上』の注文は無効だぞ。」
多少悔しそうに歯噛みし、さっき以上に嫌そうな表情でウルフを見続けているマノ。
また無言になりそうになるかと思いきや、どこからともなく
「「ウルフはいじわるだなぁ~。」」
と、かなり幼そうな重複音声が二人の耳に入ってきた。
何かと思い――二人とも誰かは分かってはいたが――声の聞こえてきた後ろを見ると、先の至極妙齢な女の子二人が、魚のいないバケツの側に立っていた。
その二人とも、背丈は並の小学生とほぼ変わらず、その容姿・顔つき・髪色・着ている衣服(コート)・とっているポーズまで全て一緒、つまりは双子だ。
二人の見た目は、そこいらのお子様となんら変わらぬ容姿だ……が、敢えて挙げるのならば、人間的特長から懸け離れた答えとなる、身体の一部分に『獣』、あるいは『ネコ』たる『耳』と『尻尾』があることだった。
この『国』を中心とした文化圏では一般的な『亜人種』である『獣人』、二人はこれに分類される。
『獣人』であれば、身体的な特徴である動物特有の器官が、モチーフとなる動物と同じ部分に現れたり、顔つきや肌の色もその動物と似たような構成になるが、先の二人を見ると、髪色はなんの動物かも分からないピンク色、顔つきや肌色もほぼ、というより完全な『黄色人種の人間』のそれだ。
それには深い理由があるが、そろそろ会話のほうに戻っていきたい……
ちなみに、この日の気候に合わせ、二人は頭に人より余分についた耳をスッポリと隠せるよう、橙色の所謂『ネコミミニット帽』を被り、腰についた尻尾も先端以外は赤みがかった灰色のコートの中へ閉まっていた。
また更なる寒さ対策として、黄色い手袋と青いマフラーもしている。
どんだけ寒がりなことやら。
「「そんなにいじわるするんなら、落とすよ~。」」
二人はそう言うと、発言が冗談ではないことを示さんがため、座っていたウルフの背中をぐいぐいと防波堤の向こう側へ落とそうと押し始めたのだった。
「うりゃ~!」
「おりゃ~!」
二人が一所懸命押していると、ウルフの身体が序序に防波堤の縁へと押しやられていき、
遂にはあと二十センチもあれば落ちてしまいそうな所まで追いやられてしまった。
「……おいマノ、止めさせてくれ。下手すりゃ死んじまう。」