花園学園高等部二学年の乙女達
それぞれの思考⑤
飯田智彦は暇だった。
彼の親は曾々祖父の代から続く電化製品の大会社の社長で、元名門貴族でもある。
そのため彼は自分もいずれ父の会社を継ぐことは知っていた。
決められたレールを敷かれていることもわかっていたが、何の怒りも悲しみもなかった。
このご時世働き先も無く途方に暮れる同年代も山といるというのに、自分は産まれた瞬間から食いぶちが与えられているのだ。これを利用しないでどうする。
智彦はそんな風に日々悠々と過ごしてきたが、一つだけ許せないことがあった。
…花園学園にいれられたことだ。
智彦は何事も難無くこなしているかのように見え、実はかなりの努力家体質であった。
そのため彼は超名門男子高校に入るべく、血の滲む様な努力をした。
父親の社会的地位も申し分無く、彼本人も非常に優秀であったがそれでも彼は努力を怠らなかった。
彼には野望があった。
日本でトップクラスの高校で、入学当初からトップに立つという野望だ。
彼は権力に膝まずくのは嫌いだったが、権力をふりかざすのは大好きだった。
…ところがどうだ、彼の野望は瞬く間に打ち砕かれた。
…元女子高?
…ふざけるな。
割合端正な顔立ちの彼は、簡単に女を婚約者にすることが出来る立場だったためそもそも女に興味がなかった。
努力家の智彦は簡単に手に入る獲物は空気に等しかった。
どうでもいい。
(…どうせここでも権力は俺に集まる。馬鹿ばかりの上ブスばかりだからな。)
智彦は講堂に集まった周りの生徒たちを眺めた。
互いに見つめあう形で座っている。
どうやら新1年生のお披露目式の様だ。
目の前に座る先輩たちは、見事にも女だらけだった。
智彦はあまりの退屈さにまた怒りが沸き起こってきた。
(…なんで馬鹿親父は俺を、この俺をこんなふにゃふにゃした学園にいれたんだ?!)
智彦は短く切った髪の毛をかきあげた。
その様子を見た目の前に座る女たちは顔を見合わせ、うふふと笑った。
智彦はうんざりと溜め息をついた。
式はゆっくりと穏やかに進行していく。
智彦はそろそろ自分の出番が近付いていることに気が付いた。
トップ入学を果たした者は代表挨拶をせねばならないのだ。
(…本来ならこんな学園で挨拶などしていなかったのに!)
智彦は手渡されたマイクをひっ掴むと、淡々と完璧なスピーチをした。
学園中の女たちが眩しそうに自分を見上げる。
智彦はやっと少しだけ気分が落ち着いてきた。
『えー、続いて2年部代表』
講堂中がざわっとした空気になった。
智彦の目の前に恐ろしく整った顔立ちの女が立つ。
短い黒髪が彼女の少年っぽさをよりいっそう際立たせていた。
身長もさほど智彦と変わらない。
智彦は内心苛立っていた。
女ってのはこういう中性的な人間が大好きな生き物だ。
ほら見ろ、あっという間に皆うっとりと彼女を見上げている。
智彦は彼女への嫌悪感と共に、蹴落とす相手が見付かった喜びで満ち溢れていた。
女は眠そうにマイクを握る。
『あー、小笠原朱美です。僕は馬鹿なのになんでか代表に選ばれてしまいました。』
皆うふふと笑いあう。
智彦は馬鹿と聞きすっかり幻滅した。
そのときだった。
小笠原朱美は不自然にくの字に腰を曲げた。
どうにもわざとらしい。
『あーいてて。何だか緊張してお腹が痛いなぁ。これはもう誰かに代弁してもらわなくてはなぁ。あ、転校生がいた。来い転校生。』
智彦はこいつ何がしたいんだといぶかしげな顔になる。
遠くから一人の背の高い男が無理矢理引きずられてきた。
(…男?)
なぜ2年部に男が…?
彼の思考は突然停止した。
講堂中が朱美がきた時とは逆に静まりかえった。
『学級委員何がしたいんだ!』
目の前で嘆く青年は10人が10人「王子!」と叫びそうな容姿をしていた。
作品名:花園学園高等部二学年の乙女達 作家名:川口暁