始まりの物語
「こんな時間に若い男と女が二人きりなんて危険すぎるだろ。」
「お前が言うな!」
いがみ合う二人。再び斬り合いが始まりそうな二人をハラハラしながら見ているジャンヌ。このままでは話が進まないので、とにかく二人をなだめようと間に割って入るが……
お互いの事しか見えていないペイルとリョウクはジャンヌを「邪魔だ!」突き飛ばしてしまう。
「きゃっ!」
尻もちをつき、打った場所を痛そうにさする。しまったと二人は思ったが、時すでに遅し。ジャンヌが目に涙を溜めながら二人を睨んでいた。あまりの剣幕に仲良く後退する二人だったが、運悪く二人のすぐ後ろが壁だった。ゆっくりと立ち上がり、俯き加減のまま二人に近付いて行くジャンヌ。ただならぬその雰囲気に青ざめる漢達。唐突にジャンヌが二人に駆け寄り、リョウクの腰に差された長剣を抜き放った。
「お…おいおい!!」
重そうに剣を振り上げる。何とか彼女の気を鎮めようと説得する二人だったが……風を切る音と共に長剣が二人に向かい振り下ろされた。非力な少女の振るう剣はスピードもさほどなく、二人は易々とそれを左右に移動し回避する。剣は壁に当たり、その反動でジャンヌはよろけながら後退する。何とか体勢を立て直し、二人を交互に見る。そして次に彼女が攻撃を仕掛けたのはリョウクだった。
「な…何で、俺!なんだよ!!??」
ジャンヌの連続攻撃を避けながら、なぜ自分が狙われるのか問いただすが、彼女はただ、涙を浮かべながら剣を振り続ける。だがやがて、重い剣に体が付いてこなくなり、前のめりに転んだ。
倒れたまま起きない彼女を心配して歩み寄るペイルとリョウク。息を切らし、起き上がる体力すら残っていない彼女を、ペイルが抱えるように起こす。嗚咽を漏らしながら泣く彼女に、「ごめんな」といい頭を撫でながら謝罪の言葉を口にするペイル。このままでは話にならないので、ゆっくり話せる場所に移動する事になった。
三人が話の場として選んだのは、人気の少ない郊外にひっそりとたたずむ料理店の奥にある人気のない席だった。
「まず、俺はセイマ国の騎士、ペイル・マスティークだ。」
「騎士にしてはガラが悪い」とリョウクが文句を言っていたが、あえて無視する。彼は、自分が何のためにここに来たのかを説明した。
「連中は君の持ってるという魔力が目的らしい。事実、魔力を持つらしい人達が次々とこの町で行方不明になっている。」
ジャンヌは顔を下に向けたまま説明を聞いていたが、やがて顔を上げると唇を動かした。「あ…あたし…」しかし、それ以上言葉が続かない。再び下を向き、再び閉じた唇が震え、目から涙が溢れ流れ落ちた。たったの三日間とは言え、年端もいかない少女が得体のしれない者達に昼夜を問わず追い回されていたのだ。恐怖や不安を感じないわけがない。安堵からか、それとも緊張の糸が切れたためか、辺り構わず声を上げて泣くジャンヌ。
「…さて、話しも済んだ事だ。宿でも探すか。」
ペイルが立ち上がりそう言った。泣きはらした顔を上げ、まだ涙が流れ続けている目でジャンヌが彼を見上げる。
「いつまでも泣いてる場合じゃない。本当に大変なのはこれからなんだからな。」
鋭い目つきで彼女を見、厳しい声で彼女にそう告げる。驚き、半分呆けたようにペイルの顔を見ていたが、左腕でごしごしと涙を拭き、何か決めたような顔つきでペイルに頷いた。
「…さっきの店、折角入ったのに何も頼まずに出ちまってよかったのか?」
「人気のない場所を選んだだけだしな。それにあの店、出てくる料理がこの世の物とは思えない位不味いんだよ。」
リョウクの投げかけた疑問に冷や汗を浮かべ、苦笑しながら答えるペイル。表情から察するに、本当にこの世の物とは思えない料理だったのだろう。三人は、先ほどの店を出てとりあえずの宿を探していた。既に夜の9時を回っており、人も疎らになっていた。