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拾い零したのはなあに?

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たった片手にも満たない文字のために人は、狂うことができるのです。







【残ったのはただ一人】




My mother has killed me,
My father is eating me,
My brothers and sisters sit under the table,
Picking up bury them under the cold marble stones.

(マザーグースより引用)



「お兄ちゃん、一緒に帰ろ?」
 太陽の光を集めた金髪が扉から覗く。空を映した淡い青の瞳が早く、と急かしていた。
「あー……」
 同い年の友達と遊んでいた兄は妹の言葉に遊びの手を止め、森の緑の瞳を空にさ迷わせた。
 周りの少年や少女は、仲間内で目配せしながら知たり顔で笑っている。
「お兄ちゃん?」
 いつになく歯切れの悪い、言葉を選ぶような兄の仕種。妹は断られるという不安からか瞳を揺らがせた。
「わ、わかったから。ちょっと待てな」
 妹が泣きそうなのを察したのだろうか。慌てて笑顔を浮かべ、兄は荷物を纏め始める。
「え、お前本気で帰んのかよ」
「放置しちゃうの?」
 少年や少女が口々に兄を責めるように詰め寄る。ただ、月の明かりを閉じ込めた銀髪の少女だけはじっと食い入るように兄を見ていた。
 兄はバッグを肩に掛け、眉を八の字にして口を開く。
「一人で帰らせるのも危ないだろ」
 それだけを言い残し、心配そうに見ていた妹の元へと小走りで向かった。
「待たせたな」
「ううん。早く帰ろ? 今日はティラミスを作ったの!」
「そっか、それは楽しみだ」
 ふわふわの金髪を撫でられ、心地よさ気に妹は目を細める。その手で流れるように兄は妹のトートバッグを持った。
 空くはずのもう一方の手は小さな桜貝が先を飾る、まだ幼さの残る柔らかな手と繋がれ。
「ママが帰る前に内緒で食べちゃお?」
 先程までの不安に満ちた表情は何処へやら。艶やかな薔薇色の口唇を吊り上げ悪戯っぽく笑う妹に、兄もまた愛を具現させたような微笑みを向けた。
「怒られるぞ?」
 二人の意識にはもう、少年少女の姿などなかった。


****



「あーあ、帰っちゃった」
「兄も兄だけど妹も妹よねえ」
「とろけるような、っていうの? あっまいカオして」
「甘やかしすぎじゃない?」
 少女たちが口を揃えて批難する。それを諌めるように銀髪の少女が口を開いた。
「しょうがないよ、妹さん可愛いし」
「えーっアンタ優し過ぎるって!」
「というかアレは怒っていいとこだよ!」
「でも……」
 苦笑する少女に別の少女が目を大きく開く。少女たちはこぞってそんな銀髪の少女を諭し始めた。
「そういや妹って言っても血は繋がってないんだろ?」
「ああ、後妻の連れ子とかなんとか」
「後妻ってこの間から中央病院で働いてる薬剤師?」
「確かな。よく知ってんな」
「美人だったから覚えてた。そっか妹の母親か。どうりで綺麗なわけだ」
「だから余計可愛いんじゃね? 懐いてくれてるんだし」
「ってかその前に妹に嫌われたら立場ねぇからだろ」
「そうなのか?」
「あいつ、後妻に嫌われてるらしい」
「へえ。何やったんだ」
「さあな。あいついわく財産らしいけど」
「ああ……成る程、あいつの家大きいしな」
 肩を竦めた黒髪の少年が窓の外に目をやると。
 片や茶髪、片や金髪の兄妹が学校の門をくぐるところだった。


****


 数日経ったあくる日の休日。
 キッチンでの洗いものを終えた妹が、ぱたぱたと足音を立ててリビングにやってきた。
 そこでないはずの姿を見て、驚いて足を止める。
「……ママ帰ってたの?」
「ええ、ついさっき」
「そっか。お仕事早かったのね」
「でも夜にまた出なくちゃいけないの」
「ふぅん。私ちょっと出掛けてくるね。夕方には帰るから」
「気をつけて。……あら、あの子は?」
「お兄ちゃん? お兄ちゃんなら二階よ」
「そう。ならいいわ」
 バッグから取り出した白衣を椅子に掛け、母は家の奥へ進む。
「あ、それからキッチンのお菓子は私のだから食べないでね」
「そういうのはパパに言いなさい。あの人、甘いものに目がないから」
「本当にパパはお菓子好きだよね」
「だから病気になるのよ。最近は薬がないと眠れないみたいだし……」
「ママが言えばいいじゃない」
「ああ、ダメよ。あの人、私の言葉なんて聞いてくれないもの。貴女の言うことならきっと聞くと思うわ。
で、ママのはないの?」
「ふふ、やっぱりママも欲しいんでしょ? でも残念でした! 今日はお兄ちゃんへの特別だから!」
 母の言葉に笑みを漏らし、妹は外へと踏み出した。
 妹の姿が見えなくなったのを確認してから、母はキッチンを覗いた。愛らしい容姿の作り主に似合う、かわいらしいお菓子が綺麗なお皿の上にちょこんと腰掛けている。
 それを確認した母は踵を返し化粧ケースに隠していた白い粉を取り出す。
 キッチンに舞い戻り調味料の小瓶が並ぶ棚から、空の小瓶があるにも関わらず砂糖の箱を取り出し。
 そしてその白い粉をその中に混ぜた。
 準備はできた。期待に胸を高鳴らせ、滅多に呼ぶことのない兄の名を幾度か呼ぶ。
 しかし返事がない。不満に思いながらも、仕方なく母は二階への階段を上った。
「ねぇ、ちょっと」
 ノックを一度だけし、兄の部屋の扉を開ける。
 きちんと整理された部屋。机の上にはお菓子が平らげられた証拠の皿が一枚。
 部屋の主はというと、自らを厭う母が扉を開けたのも知らずベッドで穏やかな寝息を立てていた。
「……愚かな子」
 くすり。鮮やかな紅で彩られた口角を釣り上げ、母は笑った。
 熟睡している兄には、母が近付いてくるのもわからない。
 予定は狂ったけど。母はそう呟いて、縄を取り出した。兄の身体を跨ぎ、首に縄を掛ける。それを交差させても、兄は反応しなかった。
 縄を握る手に力を込める。そして、それを思い切り引いた。
 ぎりぎりと服の上から肉に食い込む縄。気管を圧迫され、苦しいはずなのに爆睡していたせいか兄はたいした抵抗を見せない。都合がいい、と母は力を緩めはしなかった。
 間もなく顔の血色が悪くなり、そして。
「あ、ああ……」
 震える声が部屋に響く。
「ああ、ああ……!」
 歓喜。その一色に染まった声が。
「これで、あの人の財産は私のもの……!」
 頬を薔薇に染め、空を仰ぐ。
 妹に似ていない容姿は、欲望に塗れていた。


****


「ただいまー!」
 外出先から帰ってきた妹が飛び込んで来た。外は夕暮れ。母はリビングで雑誌を読んでいた。
 ベージュのスプリングコートをハンガーに掛け、少女は首を傾げる。
「お兄ちゃんは?」
「まだ二階じゃないかしら」
「ふうん」
 母が唇で弧を描いたのも知らず、妹はぱたぱたと軽い音が二階に上っていった。
「おっ兄ちゃん!」
 ノックも忘れ、勢いよく扉を開ける。
 ベッドに横たわる兄に駆け寄り、目覚めさせようと揺らした。
「ねぇ、聞いて聞いて! あのねさっきお外に行ったんだけどね」
 余程楽しいことがあったのだろうか。興奮冷め切らぬままに開いた口からは、やや早口で言葉が紡がれる。
作品名:拾い零したのはなあに? 作家名:佳奈