小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

世界の終わりの海辺にて

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
君が君であるために唯一の何かが欲しい?
 それは実に不可解な要求だ、何故なら君はこの世界自身であり、君自体が一つの、唯一にして全なるものなのだからね。
 これが夢だと思うかい。
 眼が覚めれば消えてしまうような、そういう夢だと、君は思うのかい。
 それでも君は君自身だ。君は唯一にして全、神と同義の存在なんだ。世界のすべては、君なんだ。
 分かるかい。
 世界は、君でできているんだよ。
 世界は、君でできているんだ。


「アイデンティティの崩壊の危機」
 彼女は、そっと呟いた。
「え? なに?」
 僕は、聞き返す。
「アイデンティティの崩壊の危機」
「それを言うなら、拡散の危機じゃないのか」
「そうとも言う」
 少女。
 彼女は、そう呼んでも一向差し支えないような年齢だ。少なくとも、僕にとっては。
「それが、どうかしたのかい」
 僕が聞いても、彼女は言葉を返してはくれなかった。ただじっと、僕らの座る海辺から見える範囲の全てを、その眼に収めていた。
「少女はただ海辺に佇む、か」
「訂正が必要だよ。少女と少年、その他大勢の人々はただ、海辺に佇む、でしょう」
 少女は僕の言葉尻を捕らえて、そう言った。にこりともしない、少女。
 陽光に、彼女の決して長いとは言い切れない黒髪がなびいた。潮風が海の匂いを、遠く離れた街のどこか腐りきったような匂いのする場所へ、律儀に運んでいく。かもめはその後を滑空してついていく。波が、風と入れ違いに、僕らの足元へ貝殻を置いていく。
「世界は、何でできているんだろう」
 彼女は、今度ははっきりと呟いた。
「さあ、……原始と分子と、その他色々な構成要素でできているんじゃないのかな」
 僕は潮風のように律儀に答える。しかし、少女からの返答は無い。
「それとも君はそう思わないの?」
 僕は聞いてみる。やはり、返答はなかった。
「自分が本当に自分であるという証拠は、どこにあるのかな」
 彼女は、またそう呟いた。
「さあ、ね。そんなこと、知ってる人、いるのかな」
「じゃあ、君は如何思う?」
「僕かい」
 僕は不意に、心の中のどこかにある海が渦を巻いて、地中深く吸い込まれていくような気がした。その渦の中で、僕と少女はもがいていた。その足掻きは何の進展ももたらさないし、何の停滞ももたらさない。ただ、吸い込まれていく。
 僕は地中で、声を出さないで泣いている。少女の姿が見つからなくて、泣いているのだ。
作品名:世界の終わりの海辺にて 作家名:tei