私のやんごとなき王子様 鬼頭編
「すみません、疲れてらっしゃるだろうと思って起こさなかったんです……」
「座れ」
「は?」
少し乱れた髪を手櫛で整え、先生は私の前に丸椅子を寄越した。一瞬戸惑ったけど、言われた通り椅子に座る。
じっと私を見る鬼頭先生の視線が思いのほか真剣で、恥ずかしくなった私はふいと顔を反らした。
一体どうしたっていうんだろう。また何かからかうネタを考えてるのだろうか?
「例えば、だが」
「はい」
体ごと私と向き合うと、先生は急に話し出した。
「俺がお前を好きだと言ったらどうする?」
「―――はいいっ!?」
ガシャン! と音を立てて私は椅子から腰を浮かせた。
またこの人は私をいじめて遊ぶつもりなんだ。
すぐにまた椅子に腰を降ろして、私は肩もついでに落とす。
「はあ……先生。その冗談はちょっと悪質です」
「例えばと言っただろう? 答えられないのか?」
ジロッと先生を睨んで、私はもう一度大げさにため息を吐いた。
「嬉しいですよ。嫌われるよりやっぱり好かれた方が嬉しいですし」
投げやりに言ったけど、本当は心臓がおかしくなりそうな程鳴っていた。
だって私は鬼頭先生の事が好きなんだから、冗談でもそんな事言われたら嬉しいに決まってるじゃない! もう、心臓に悪い人だなあ!
「そうか……なら問題ないな」
「え? どういう事ですか? ―――わあ?!」
私は椅子ごと先生の側に引っ張られた。目の前に鬼頭先生の綺麗な顔があって、どこを見ていいのか分からず忙しなく視線を泳がせる。
作品名:私のやんごとなき王子様 鬼頭編 作家名:有馬音文