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ネガティブガール、川

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「今日で一ヶ月だね」

 彼が言った。

「……え?」
「ほら、俺たちが付き合い始めてさ。丁度一ヶ月前のこの日、お前から告白の返事が来たんだ。あの時は本当に嬉しかった」

 ああ、そうだった。今日で彼が「恋愛ごっこ」を初めてから一ヶ月が経ったのだ。
 私は来る日も来る日も「種明かし」を待っていたけれど、彼は一向に「種明かし」しようとはしなかった。この偽の関係を、彼はいつまで続ける気なのだろう?
 彼に告白された日から、私は本当に毎日が苦痛になっていた。絶望の中に落とされるかもしれないことを今までよりも恐れながら日々を過ごた。しかし同時に、私の彼への気持ちも高まっていった。彼は私にどんどん優しくなっていく。そのせいで、これが「恋愛ごっこ」だと分かっているのに、彼と話す度に私の胸は高鳴ってしまうのだ。
 私はそれが許せなかった。ここまでするほど彼は私のことが嫌いだというのに、私は彼を本当に好きになってしまったのだ。彼のことが好きだからこそ、彼のことが好きである自分が憎かった。

「……なあ」

 彼は不意にそう呟いたかと思うと、いきなり私の方に顔を近づけてきた。私がきょとんとしている間に、もう彼の顔はすぐそこまで来ていた。
 私はそこでやっと、彼が今何をしようとしているのか気付いた。

 割れる音がした。

「何なの!」

 私は彼を突き飛ばした。力の限り、おもいっきり突き飛ばす。彼は尻餅をついた。何が起こったのか分からないという顔だ。心なしか、青ざめていた。
 彼が仲間にからかわれるとか、彼が傷つくとか、そんなことはもはや考えられなかった。

「何だって……いう、の……」

 私の目からは大粒の涙が流れ出していた。そして今更になって、私は気付かされたのだ。
 自分勝手な感情は捨てたわけじゃない。ただ、抑えていただけだったのだと。

「最初から全部分かってる! あなたが私に初めて話しかけてきた時から、私には分かってた! 全部嘘なんでしょう? 私を貶めようとしているんでしょう? 私はずっと『種明かし』を待っていたのに! 私、本当にあなたのことが好きになってしまったじゃない!」

 彼は驚いたような顔でこちらを見ている。

「もう充分でしょう? 私はもう充分に苦しい! 苦しいの! 早く、早く私を嫌いと言って! こんな恋愛ごっこ、不快になるだけでしょ……っ」

 私は泣きじゃくった。涙も感情も流れっぱなしで、せき止めることが出来ない。けれど、もうこれで全部終わる。彼はきっと「種明かし」してくれるだろう。彼ももう、充分やった。きっと彼も限界だ。

 気付けば私は彼の腕の中にいた。

「嘘じゃないよ。嘘なんて何処にも無い」
「それも嘘なんでしょう。早く種明かしをして、私を絶望の中に落として」
「だから嘘じゃないってば。どうして信じてくれない?」
「だって嘘なわけないもの。こんな、体も心も醜い私のこと、好きになる人なんていない」
「醜いものか! お前は可愛いし、心も綺麗だ」
「やめてよ! お願いだから、本当のことを言って」
「……」
「ねえ!」
「……」
「お願い」
「…………分かった」

 彼はやっと観念してくれたようだ。私を腕の中から解放し、真顔になり、まっすぐな目でこちらを見てくる。
 私は感じた。この目は、嘘を言う時の目では無い。これから嘘をつくような人に、こんな目が出来るはずがない。それに、これから嘘をつくような人に、こんな表情が出来るはずがない。
 ああ、これで、今度こそ、本当に、全てが終わるんだ。
 私は覚悟を決めて目を瞑った。