死に損いの咲かせた花は
【序】
ぽとりと雪の上に落ちたひとひらの花弁が、血のように強く目にその存在を訴える。
しんと静まりかえった空気は分厚く、やわらかい壁のようで、左門はゆっくりと目を閉じた。
なぜ助けに向かったのか、と耳の中から問いかける声。
手の甲を滑らかな糸の感触が撫でて、左門は目を開いた。
両腕に抱いた首は氷のように冷たく、表情は彼女の長い髪に隠れてしまって、左門にはよく見えなかった。ただわずかに覗く口元が微笑むように歪んでいて、それに少しだけ安心する。切り口にこびりついた血はいまだ赤々と目に痛いけれど、彼女が死の瞬間にあってそれほど苦しまなかったなら、それ以上のことはない。
自分はなぜ、彼女を助けに向かったのだろう。
思いながら首の頬を撫でると、皮のはがれる感触が左門の手に残った。
助けられると思ったのか。違う。助けられないことを知っていた。知っていたから、一度は彼女を見捨てたのだ。彼女の命と左門の立場を秤にかけた時、危険をおしてまで救うだけの彼女の価値が、誰にも見つけられなかったから。
氷のように冷たく、重くなった彼女の首を胸に抱きしめた。間に合わなかった断末魔を聞き漏らすまいと、今ではもう何の意味もない望みに縋る。
彼女は二度と戻ってこないのだ。
作品名:死に損いの咲かせた花は 作家名:葵悠希