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春雨02

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目が覚めたら、カーテンの隙間から晴天の青空が見えた。
 なんでよりによって今日はこんないい天気なんだろう。雨が降ってくれれば出かけずに済むのに。
 私は心の中で悪態を付きながら布団から出た。
 顔を洗って、トイレに行って、パジャマのまま居間へ行くと、母と弟の隆がいた。母は忙しそうに台所と居間を行き来し、隆はのんびりとパンをほおばっている。父は会社に行ってしまったらしい。
「あれ、ねーちゃん今日は休みなんじゃないの?」
「今日は友達と出かけるの。そーいうあんたこそ、こんなにのんびりしてていいの?
部活って朝連あるんじゃなかったけ?」
「俺は今日休みだよ」
「…それにしちゃ、起きるの早くない?」
「俺は休みの日だからって、昼まで寝てる誰かさんとは違うの」
 最後に余計な嫌みを言う奴は無視して、(というよりは返す言葉がなかっただけなんだけど)私は席についた。
「でも美智も最近は休みの日でも起きてくるの早いわよねえ?」
 のんびりとした声とともに、母が私の目の前にパンと卵焼きののったお皿を置いた。
「え? そうなの?」
 いかにも意外、といった調子で隆が聞く。そんなにおかしいですか?
「そうそう、前はせっかくおいしい朝ご飯作っても食べてくれなかったから、お母さん淋しかったのよ。それに出かける日だって急いで食べて急いで出ていっちゃうし…」
「今日はゆっくり食べるからいいでしょ。ほら、あんたも口開けて見てないの!」
 私は延々と続きそうな母の愚痴を制止し、弟に一喝すると、黙って食事を食べ始めた。
 


「美智、今日は遅くなるの?」
 家を出る時に母が台所から顔だけだして聞いてきた。私は靴を履きながら答える。
「う~ん、そんなに遅くならないと思うけど。みんな次第だから何とも…」
「夜ご飯は? 今日はパパとご飯食べに行く予定だから、もしかしたら遅くなるかも知れないから」
 聞かれて考える。朝から集まる時にはだいたい夕方には終わる。それでも今日は少し遠くまで出かけると言っていたから、もしかしたら遅くなるかもしれない。
 もし早く終わっても香を誘って何か食べてこればいいかな?
「食べてくるよ。あんまり遅くなりそうだったら電話するから」
 私はそう言うと、家を出た。
 鞄から携帯を取り出し、確認する。着信も、メールも来ていない。
 溜め息1つ。期待をしていないと言ったら嘘になる。
 でも連絡がくるはずがないことは誰よりも私が一番わかっていた。
 私は携帯を手で持ったまま駅に向かって歩き出した。
 家から最寄りの駅までは歩いて15分程かかる。自転車で行く日もあるけど、今日は早起きのおかげで時間もあるし、歩いてのんびりと行くつもりだった。
 早起きはいいことだと思う。朝慌てて出かけていたときよりも精神的に楽だし、なにより余裕があるからせかせかしないで済む。
 でも、私が早起きになったのはそんな理由じゃない。結果でしかないのだ。
 朝起きたあと、眠気と戦いながら布団の中に居るのが好きだった。それがあの日からは、苦痛でしかなくなった。
 ぼんやりしてすることがないと、嫌でもあのことを考えてしまうから。
 ほかにも電車の中や、授業中や、お風呂の中とか、そんな時間が苦手になった。
 考えてしまうのは、あの人のことばかり。いつまでたってもそれは終わりそうにない。 ほら、今だって考えてる。この道だって、何度一緒に歩いただろう。朝迎えに来てもらったこととか、帰りに家まで送ってもらったことだとか…
 想い出は、きりがなくて。しかしそれは痛みを伴うことで、今も傷が疼いている。
 今日は、無事に一日過ごせるんだろうか。 
「…あれ?」
 突然手にもっていた携帯が振動しだした。
 液晶を見ると、そこには見た事がない携帯の番号が並んでいる。
 最近はワン切りのように悪質ないたずら電話も多いから、一瞬出る事を迷う。
(ま、いいか)
「…はい、もしもし?」
『おう、俺だ』
 俺だ、と言われても。番号も知らない人だし、声も聴いた事があるのかないのか…。一言だけだと正直分からなかった。
「どちらさまですか?」
『…声聞いてわからないわけ?』
 いかにも俺様的な声と口調から私の脳裏に一人の人物が思い浮かぶ。
 もしかして…いやでもあの人ならこんなことしそうだった。前に「家までおしかける」って冗談を言われた事があるし…。
「鷹凪先輩ですか?」
『分かってるんじゃないか。最初から素直に言えばいいのに』
 いえ、わかってなかったんですけど。
『後ろ見てみな』
 一転して楽しそうな声がした。何となく嫌な予感がして、おそるおそる後ろを見る。
「…なんでここにいるんですか?」
 私の目の前には、楽しそうな笑顔を浮かべた先輩が立っていた。



「美智ー!どう? びっくりした?」
「先輩も人が悪いですよね。何も後付けて驚かせる事ないじゃないですか」
 後部座席から男女2人の声がする。そして助手席に座った私の隣には、何故か楽しそうに車を運転する鷹凪先輩。
 そう、先輩は一人で来たわけではなかった。
 私の親友の香と同じ学年の都筑聖が彼の車の後部座席に乗っていた。
 香と聖は家が近くて、聖は鷹凪先輩と仲が良い。
 いつもは車で来ている聖が今日は車で来れなかったので、先輩に迎えに来てもらい、それを目撃した香が一緒に乗せてもらって、学校に行くところだったらしい。だから私の携帯電話の番号が分かったのだろう。
「で、なんでわざわざ私の家まで来たんですか? 香の家からだと遠回りになるんじゃないですか?」 
 私は隣の横顔に尋ねる。
 先輩の家がどこかは知らないけど、聖の家に行くのも遠回りだったんじゃないんだろうか?
「私が行こうって言ったんだよ。道が工事で渋滞してて、迂回路がちょうどこっち方面の道だったからさ、せっかくなら美智の家に寄ろうかって話になったんだ」
 後ろから香が身を乗り出して私に言った。
「先輩も乗り気だったし、ねえ?」
「お前は危ないから下がってろって」
 先輩は器用に左手で香の頭を押さえた。運転に集中しているからなのだろうか? どことなく素っ気ないような気がする。
「でも美智もよく声だけで先輩だって分かったよなあ。俺絶対分からないと思ってたからさ」
 顔を押さえられておとなしくなった香の代わりに、聖が喋った。同じ学年ということで、彼も私の事を名前で呼ぶ。
「俺の声がわからないなんて言ったら毎日無言電話かけてやるところだったけどな」
 さりげなく恐ろしい事を言う。私は当てられて良かったと心底ほっとした。
「でも先輩と美智ってほとんど喋ったことないんでしょ?」
「…」
 聖の当然の問いに、私も先輩も一瞬黙ってしまった。
 確かに私はほとんど先輩と話したことがない。まともに話したことといえば、あの怪我の一件の時だけだ。
 あの時は内容が内容だけに、あまり人に話したくなくて黙っていたんだけど…。
「何で2人とも黙っちゃうの?」
 香の不思議そうな声。そして次に聖のからかいを含んだ声が聞こえた。
「じつは2人でこっそり会ったりしてるんですか?」
「そんなわけないだろ。おまえそういう話好きだなあ」
作品名:春雨02 作家名:酸いちご