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私のやんごとなき王子様 真壁編

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 血相を変えて走って来たのは潤君だった。
 潤君は私達の目の前まで来ると、今来た方を指差し早口で言った。

「せ、先生大変です! 土屋先輩がっ! 海に飛び込もうとしてっ……」
「なんだって?! どこだ!?」

 次の瞬間真壁先生は走り出していた。

「こっちです!」

 潤君もすぐに真壁先生と並んで走り出し、私はそれを慌てて追いかけた。
 土屋君が海に飛び込もうとしてるって、一体どういうこと!?
 確かに芸術家でちょっと変わった人だけれど、そんな馬鹿げた事をやるなんて! こんな走ってるフェリーから海に飛び込むなんて自殺行為じゃない!
 潤君の説明によると、土屋君はこの船上から見える海と光の美しさを体に染み込ませたいから、飛び込むとかなんとか言い出したらしい。
 そんな事して体に染み込ませても、死んじゃったら意味ないじゃない!

「おい、土屋! お前何やってんだ!? 水中大脱出でもやる気か、バカ!! 危ないだろうが!」

 もの凄い勢いで走りながら言ってる真壁先生の言葉が変だ。土屋君の状態を見てきっと動転してるんだろうな。
 なんて、かく言う私も動転してる。だって土屋君ったら柵の向こう側に立って、今にもその手を放しそうだったんだもん!

「つ、つ、つ、土屋君! 危ないよーー! 早くこっちに……いや、やっぱりゆっくりこっちに戻って!!」

 そんな私達を見て、土屋君が深いため息を吐いた。それはもう、深いため息を。

「はあ……全く、君達には呆れるよ。芸術というのはね、五感を常に多方向に向けていなければいけないんだ。僕のやろうとしている事が危ない? それこそ危険な考えだよ! 今その時にやりたいと感じた事をやらなければ、二度とその感覚を味わう事は出来ないんだ。僕は今、この海の光を体中で感じたいんだ。だから邪魔をしないでくれ!」
「お前のその芸術に対する考え方はすごいと思うぞ! だけどな、絶対に危険だと分かっている事を目の前にして、それを黙って見過ごすなんて出来る訳ないだろ?!」

 真壁先生はそう言って真剣な顔で怒った。

「そうですよ、危ないですよ、土屋先輩!」

 潤君も本当に不安げな表情だ。だけど土屋君はそんな事おかまい無しに続けた。