魔宝ハンターは一日にして成らず
「リセ!」
廊下をぶらぶら歩いてたら、別にそこまで大きな声で呼ばなくていいじゃないってくらいの大声で、あたしは名前を呼ばれてしまった。
「なあに、ヒイリ」
あたしはヒイリを振り返る。
ヒイリは、あたしの義理の弟ってとこ。
弟のわりにあたしを呼び捨てにするのは、まあ同じ13歳だからってのと…。
「間抜けな声で返事してんなよ。ヨーラリ様が呼んでるぞ」
生意気だから。
「はいはい、ママが?」
あたしは、長い栗色の髪をもったいぶってかき上げる。ヒイリが嫌そうな顔するの、わかっててね。
だってこの栗色の髪は、あたしとママの唯一の共通点なんだもの。
「そうだよ! さっさと行くぞ!」
一方のヒイリは、銀髪だったりする。ちょっと羨ましかったりして。
「はいはいっと」
久々にママと会うなあ、なんて思いつつあたしはヒイリに付いて行った。
我らが城のしんとした廊下は石造りで、冷たい印象だとあたしはいつも思う。…まるでママのようだとも。
あたしのママは、世界最強の魔女と言われるヨーラリ・エクレーヌ。
あいにくあたしは、ママの魔法の才を受け継いでない。使えないこともないけど、大して使えないというか。練習をサボったというか。
まあヒイリは血を引いてないんだから、受け継いでなくて当たり前なんだけど…ヒイリは昔、天才少年と呼ばれるくらい凄い魔力の持ち主だった。
で、ヒイリの才能を発見したママは、ヒイリを養子にしたんだけど…“二十過ぎればただの人”(二十歳じゃないけどね)とはよく言ったもの。
ヒイリはここに来て二年経った10歳の時に、ちっとも魔力が増幅してないことに気付いたの。
察しの良い人はもうわかっただろう。ヒイリはちょいと成長が早かっただけで、実は凡人と何ら変わりなかったわけ。
これには本人も深く傷付いちゃって、ヒイリは魔法の練習をほとんどしなくなってしまった。
あたしは元々サボり魔だったから、別にヒイリのことをとやかく言う権利はないけどね。
え? ママは怒らなかったのかって?
ママは、別に怒りもしなかった。まあ呆れてるのかもしれないけど、ママの感情をあの無表情から読み取れる人は多分いないと思う。ううん、絶対いないと思う。
「リセ、何ぼーっとしてんだよ」
ヒイリが苦虫噛み潰したような表情をして、あたしを睨んでる。
「ごめんごめん。考え事しちゃってて」
「ふん。間抜け顔が余計、間抜けに見えたぞ」
ヒイリというのは、こういうむかつくことを言う奴だ。
「うるさいなあ。ところでさ、ママってばあたし達に何の用なのよ」
むかつきついでに、気になることを聞いてみた。
「知るか。食堂行ったら、珍しくヨーラリ様が居て“リセを連れて来い”って命令して来たんだよ」
何の用かも聞かなかったの、とヒイリを責めるわけにはいかない。だって、ママに命令されて一瞬でもためらったら…ああ恐ろしや。
「ママが食堂に? じゃあ、お昼一緒に食べることになるんだ」
普通、ママはあたし達とごはんを食べない。
あたし達はいつも、二人で勝手に用意して勝手に食べてる。
ママがどうしてるかなんて知らないけど、自分の部屋で食べてるんじゃないかな。ママほどの魔女になったら、ごはん食べなくてもいいのかもしれないけど(そりゃないって?)
この前、一緒に食べたのなんて一年半前。
どんな母親だ。そんな母親さ。
「用というより、説教なんじゃねえか?」
ううう、とヒイリが嫌そうに言う。
確かに有り得る。とうとうママが、あたし達の怠惰さにぶち切れてすっごいお仕置きするかもしれない。
考えただけで、寒気して来た。
「まあ、きっと大丈夫だよ」
あたしは、自分に言い聞かせるようにして足を速める。
城は無駄に広いから、とろとろ歩いてたらママを大分待たせることになっちゃう。
ママの怒りを、煽りたくはない。
あたし達が食堂に入った途端、ママの視線が刺さった。
主人席に悠然と座る、氷の美貌を持つ人。
言っとくけど、あたしはママに似てない。
あたしがママに何としても勝てないものは、一に魔術と美貌。二にその冷静さ。三・四がなくて五に…何だっけ。あ、やる気かな。
長テーブルには、既に食事が用意されていた。これぞ、ママと共に食事をする際の大いなる謎。
ママと食事をする時はいつも、いつの間にか食事が用意されてるのだ。
ママが料理するようには見えないから、何か魔法を使ってるんだと思う。けど、一生懸命あらゆる魔導書を調べても、そんな魔法はちらりとも見かけなかった(あたしは、楽するためには必死になれるようだ)
ちなみにヒイリも、さっぱりわからないらしい。
ああ、そういえば今日は、料理とは別の謎もあるんだっけ。
ママが、あたし達を呼んだ理由…だ。
「ごきげんよう、ママ」
あたしはにっこり、ママに笑い掛ける。
ママはちょっとだけ、眉を上げた(これが返事らしい)
「座りなさい、二人とも」
ママがようやっと声を発した途端、すごい重圧が乗っかって来てあたしもヒイリも目を白黒させた。
ママは魔力がありすぎるせいで、声を発するだけでも属性が反応しちゃうんだとか。
とはいっても、ママはそのくらいのコントロールだってお手の物。わざと力を抑えなかったってことは、軽いお仕置きも兼ねてるのかもしれない。
「はい…」
ヒイリがしかめっ面で、椅子によろよろ座る。おっと、あたしも。
「…お言葉に、甘えて」
空気がまだ重いせいで、ついつっかえてしまう。
あたしとヒイリが座ったことを確認して、ママはお祈りを唱え出す。
「大地の神、エルディル」
更なる空気の重圧発生で、あたしとヒイリはもう金魚状態。ママ、相当怒ってるんだね。
「空の神、サウラ。海の神、メイノ」
神様の名前連発で、空気は益々ずっしり。
食前のお祈りって、こんなに辛いものだっけ!?
「三神の恵みに感謝する。恵みが、我らが血肉となることを切に感謝する」
お祈りが終わった瞬間、空気の重圧がなくなった。
死ぬかと思った。いや本当に。
食べ物への感謝ではなく、命奪わないでくれてありがとうと神様に感謝したい気分。
ママは喘ぐあたし達に目もくれず、さっさとパンに手を伸ばした。
これは、食べ終わるまで話はしないって合図なんだろう。
やっと落ち着いて来たあたしも、スプーンを掴んだ。
「うげ」
妙な声を出したヒイリに、あたしは目を向ける。
ヒイリはパン籠から、大嫌いなレーズンパンを取ってしまったらしい。
パン籠から一度取ったものを戻すのは、無作法極まりない行為。もちろん、我が家でも許されてるはずがない。
「ちゃんと見て取りなさいよね」
あたしは呆れつつ言って、スープをゆっくり飲み始めた。
視線を感じると思ったら、ヒイリが目で訴えている。
冗談じゃない。あたしだって、レーズンパンは苦手なのだ。
「レーズンパンは、ママの好物だよ。ママに頼めば」
この時のあたしってば、明らかにママの血を引いていることがわかるくらい、冷たい声を出していたらしい(ヒイリ・後日談)
ヒイリは死にそうな顔をして、レーズンパンを齧り始めた。
廊下をぶらぶら歩いてたら、別にそこまで大きな声で呼ばなくていいじゃないってくらいの大声で、あたしは名前を呼ばれてしまった。
「なあに、ヒイリ」
あたしはヒイリを振り返る。
ヒイリは、あたしの義理の弟ってとこ。
弟のわりにあたしを呼び捨てにするのは、まあ同じ13歳だからってのと…。
「間抜けな声で返事してんなよ。ヨーラリ様が呼んでるぞ」
生意気だから。
「はいはい、ママが?」
あたしは、長い栗色の髪をもったいぶってかき上げる。ヒイリが嫌そうな顔するの、わかっててね。
だってこの栗色の髪は、あたしとママの唯一の共通点なんだもの。
「そうだよ! さっさと行くぞ!」
一方のヒイリは、銀髪だったりする。ちょっと羨ましかったりして。
「はいはいっと」
久々にママと会うなあ、なんて思いつつあたしはヒイリに付いて行った。
我らが城のしんとした廊下は石造りで、冷たい印象だとあたしはいつも思う。…まるでママのようだとも。
あたしのママは、世界最強の魔女と言われるヨーラリ・エクレーヌ。
あいにくあたしは、ママの魔法の才を受け継いでない。使えないこともないけど、大して使えないというか。練習をサボったというか。
まあヒイリは血を引いてないんだから、受け継いでなくて当たり前なんだけど…ヒイリは昔、天才少年と呼ばれるくらい凄い魔力の持ち主だった。
で、ヒイリの才能を発見したママは、ヒイリを養子にしたんだけど…“二十過ぎればただの人”(二十歳じゃないけどね)とはよく言ったもの。
ヒイリはここに来て二年経った10歳の時に、ちっとも魔力が増幅してないことに気付いたの。
察しの良い人はもうわかっただろう。ヒイリはちょいと成長が早かっただけで、実は凡人と何ら変わりなかったわけ。
これには本人も深く傷付いちゃって、ヒイリは魔法の練習をほとんどしなくなってしまった。
あたしは元々サボり魔だったから、別にヒイリのことをとやかく言う権利はないけどね。
え? ママは怒らなかったのかって?
ママは、別に怒りもしなかった。まあ呆れてるのかもしれないけど、ママの感情をあの無表情から読み取れる人は多分いないと思う。ううん、絶対いないと思う。
「リセ、何ぼーっとしてんだよ」
ヒイリが苦虫噛み潰したような表情をして、あたしを睨んでる。
「ごめんごめん。考え事しちゃってて」
「ふん。間抜け顔が余計、間抜けに見えたぞ」
ヒイリというのは、こういうむかつくことを言う奴だ。
「うるさいなあ。ところでさ、ママってばあたし達に何の用なのよ」
むかつきついでに、気になることを聞いてみた。
「知るか。食堂行ったら、珍しくヨーラリ様が居て“リセを連れて来い”って命令して来たんだよ」
何の用かも聞かなかったの、とヒイリを責めるわけにはいかない。だって、ママに命令されて一瞬でもためらったら…ああ恐ろしや。
「ママが食堂に? じゃあ、お昼一緒に食べることになるんだ」
普通、ママはあたし達とごはんを食べない。
あたし達はいつも、二人で勝手に用意して勝手に食べてる。
ママがどうしてるかなんて知らないけど、自分の部屋で食べてるんじゃないかな。ママほどの魔女になったら、ごはん食べなくてもいいのかもしれないけど(そりゃないって?)
この前、一緒に食べたのなんて一年半前。
どんな母親だ。そんな母親さ。
「用というより、説教なんじゃねえか?」
ううう、とヒイリが嫌そうに言う。
確かに有り得る。とうとうママが、あたし達の怠惰さにぶち切れてすっごいお仕置きするかもしれない。
考えただけで、寒気して来た。
「まあ、きっと大丈夫だよ」
あたしは、自分に言い聞かせるようにして足を速める。
城は無駄に広いから、とろとろ歩いてたらママを大分待たせることになっちゃう。
ママの怒りを、煽りたくはない。
あたし達が食堂に入った途端、ママの視線が刺さった。
主人席に悠然と座る、氷の美貌を持つ人。
言っとくけど、あたしはママに似てない。
あたしがママに何としても勝てないものは、一に魔術と美貌。二にその冷静さ。三・四がなくて五に…何だっけ。あ、やる気かな。
長テーブルには、既に食事が用意されていた。これぞ、ママと共に食事をする際の大いなる謎。
ママと食事をする時はいつも、いつの間にか食事が用意されてるのだ。
ママが料理するようには見えないから、何か魔法を使ってるんだと思う。けど、一生懸命あらゆる魔導書を調べても、そんな魔法はちらりとも見かけなかった(あたしは、楽するためには必死になれるようだ)
ちなみにヒイリも、さっぱりわからないらしい。
ああ、そういえば今日は、料理とは別の謎もあるんだっけ。
ママが、あたし達を呼んだ理由…だ。
「ごきげんよう、ママ」
あたしはにっこり、ママに笑い掛ける。
ママはちょっとだけ、眉を上げた(これが返事らしい)
「座りなさい、二人とも」
ママがようやっと声を発した途端、すごい重圧が乗っかって来てあたしもヒイリも目を白黒させた。
ママは魔力がありすぎるせいで、声を発するだけでも属性が反応しちゃうんだとか。
とはいっても、ママはそのくらいのコントロールだってお手の物。わざと力を抑えなかったってことは、軽いお仕置きも兼ねてるのかもしれない。
「はい…」
ヒイリがしかめっ面で、椅子によろよろ座る。おっと、あたしも。
「…お言葉に、甘えて」
空気がまだ重いせいで、ついつっかえてしまう。
あたしとヒイリが座ったことを確認して、ママはお祈りを唱え出す。
「大地の神、エルディル」
更なる空気の重圧発生で、あたしとヒイリはもう金魚状態。ママ、相当怒ってるんだね。
「空の神、サウラ。海の神、メイノ」
神様の名前連発で、空気は益々ずっしり。
食前のお祈りって、こんなに辛いものだっけ!?
「三神の恵みに感謝する。恵みが、我らが血肉となることを切に感謝する」
お祈りが終わった瞬間、空気の重圧がなくなった。
死ぬかと思った。いや本当に。
食べ物への感謝ではなく、命奪わないでくれてありがとうと神様に感謝したい気分。
ママは喘ぐあたし達に目もくれず、さっさとパンに手を伸ばした。
これは、食べ終わるまで話はしないって合図なんだろう。
やっと落ち着いて来たあたしも、スプーンを掴んだ。
「うげ」
妙な声を出したヒイリに、あたしは目を向ける。
ヒイリはパン籠から、大嫌いなレーズンパンを取ってしまったらしい。
パン籠から一度取ったものを戻すのは、無作法極まりない行為。もちろん、我が家でも許されてるはずがない。
「ちゃんと見て取りなさいよね」
あたしは呆れつつ言って、スープをゆっくり飲み始めた。
視線を感じると思ったら、ヒイリが目で訴えている。
冗談じゃない。あたしだって、レーズンパンは苦手なのだ。
「レーズンパンは、ママの好物だよ。ママに頼めば」
この時のあたしってば、明らかにママの血を引いていることがわかるくらい、冷たい声を出していたらしい(ヒイリ・後日談)
ヒイリは死にそうな顔をして、レーズンパンを齧り始めた。
作品名:魔宝ハンターは一日にして成らず 作家名:May