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彼女のトモダチ

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5、壊れゆく関係



「美波……!」
 競技場を出てすぐに、外にいた千笑が駆け寄ってきた。そこに田村の姿はない。美波の顔は強ばるものの、雨の中、心配そうな顔で待っていてくれた親友の姿には、素直に嬉しかった。
「美波。大丈夫?」
「千笑……うん……田村は?」
「先に帰ってもらった……一緒に帰ろう」
 千笑はそう言って、自ら差している傘を差し出す。美波はその傘に入ると、先生と先輩にお辞儀をして、千笑と歩き出した。
「残念……だったね」
「……うん……」
 重い雰囲気の中、二人はそれ以上しゃべらず、駅へと歩いていった。電車の中でもしゃべろうとしない千笑に、美波は違和感を覚える。
「美波……智樹のこと、好きなの?」
 その時、美波の気持ちを察するように口を開いた千笑は、唐突にそう尋ねてきた。
「……えっ?」
「好きなんでしょ? 智樹のこと」
「……」
 美波は、言葉を失った。自らの恋人を好きかと尋ねる千笑に、何と答えれば良いのかわからない。
 沈黙のまま、電車は二人の住む最寄り駅へと止まった。二人はそのまま、無言で電車を降りていく。
「……どうして黙ってたの? 隠し事はやめようねって、今まで散々言ってきたじゃない。どうして黙ってるの?」
 改札から出たところで、千笑は今にも泣きそうにして、美波にそう訴えた。美波は責められているようで、拳を握り締める。
「そんなの……言えるわけないじゃない!」
 拳を握り締めたまま、美波が言った。
「美波……」
「そりゃあ、今までだって散々悩んできたよ! 何度言おうかと思ったことか……だけど、言えるわけないじゃない。千笑の恋人、好きになっちゃったなんて……!」
 美波の言葉に、千笑の表情も変わる。
「言えばいいじゃない! そりゃあ、彼氏を譲るなんて言えないよ。でも、親友がここまで溜め込んでるの見て、それでも気付かないフリしてろって言うの? どうしてそんなになるまで、一人で我慢してるのよ!」
 駅前だが周囲も気にせず、二人はぶつかり合っていた。
 少し本音を吐き出したことで、美波は止まらなくなったように、もう一度口を開いた。
「じゃあ……何? 千笑はなんなの?」
「え?」
 美波の問いかけに、千笑は首を傾げる。
「私、見たよ。今日も千笑が、知らない男の人と一緒にいるの……あれは何?」
「……それは……」
「今日だけじゃない。この間だって見たんだよ。だけど、千笑は何も言ってくれなかった……いつもだったら、昨日あったこととか、なんだって話してくれてた。でも、どうして黙ってるの? あれはなんなの?  田村がいるのに、どうしてあんな人と腕組んで歩いてるの? ねえ、どうして何も言わないの。どうして黙ってるのよ!」
 今までの不満が爆発するように、涙とともに美波はそう叫んでいた。
 千笑は何も言えなくなったようで、小刻みに肩を震わせている。
「……もう、いい……」
 やがて、千笑がそう言った。
「部活、部活で、全然話す暇がなかったの誰よ! 美波も智樹も、全然わかってない。忙しいのはわかってる……だけど、別のクラスで話す暇もなかったじゃない……もう、美波なんか知らない!」
 千笑はそう言い放つと、そのまま走り去っていった。
 残された美波は、雨に打たれたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 次の日。
「風邪ね。母さん仕事行くけど、後で一人で病院行くのよ」
 ベッドで寝ている美波に、母親が体温計を見ながら言った。
「いいよ。薬飲んでれば治るから……」
 美波が言う。昨日、雨に濡れて帰ってきたからか、昨日から熱が出ている。
「まったく……まあ、大会もあって疲れも出たんでしょ。今日はゆっくり休んでなさい。おかゆ作っておいたから、後で食べるのよ」
「はーい……」
 そう言い残すと、母親は仕事へと出かけていった。
 家に一人残された美波は、親友の千笑と喧嘩したショック、そして許されない恋の相手である田村のことで、気持ちが晴れることはなかった。
 その日一日、美波はいろいろなことを考えていた。

 次の日。熱の下がった美波は、行きたくないと思いつつ、学校へと出向いた。喧嘩してしまった千笑とは、クラスが違うために朝一番で会うことはなかったが、隣の席は田村であるため、気まずさは変わらない。
「おはよう、美波ちゃん。具合は大丈夫?」
 後ろの席の女子が、美波に話しかけてきた。
「あ、おはよう。うん、大丈夫……」
「風邪だってね。田村も昨日、風邪で休んでたから、二人揃ってサボリじゃないかって噂飛んでたんだよ」
「えっ?」
 美波は二つの意味で驚いた。田村も昨日は学校を休んでいたこと、そして同じ日に休んだというだけで、二人でサボリだと噂が立ったということだ。
「田村も風邪? でも、どうして二人でサボリだなんて……」
「だって、二人仲が良いじゃない。ぶっちゃけ、付き合ってるんじゃないの?」
「ま、まさか!」
 その時、田村が教室に入ってきた。
「田村、おはよう」
 美波と話していた同級生が、挨拶をする。
「うん、おはよう……」
 田村は美波を見て軽く会釈すると、すぐに席に着いた。いつもの田村なら、ちょっかいを出すように気軽に明るく話しかけてくれるはずであるが、なんだか妙によそよそしい感じに見える。
「田村、風邪だって? 美波ちゃんも、風邪で昨日休んでたんだよね。うちのクラス、二人が揃ってサボってるんじゃないかって、昨日はその話題で持ちきりだったんだよ」
「……何も知らないのに、そういうからかい半分、やめてくれよな。鈴木にだって迷惑かかるし、俺たち、べつに付き合ってるわけじゃないから。俺、彼女いるし」
 いつになく拒否する態度で、田村がそう言った。静かな言葉だったが、クラスメイトの誰もが見たこともない、田村の怒った顔である。
「あ、うん。ごめーん……」
 同級生はそう言うと、すぐに別の人と話し始めた。
 美波も席に着き、いつもと違う様子の田村の横顔を見つめた。そんな美波の視線に気付いて、田村が美波を見つめる。
「……何?」
「あ、ううん……昨日、休んでたんだって?」
「ああ、うん……」
 生返事で答える田村は、やはりいつもとは違うようだ。
「私も風邪引いて休んでたんだ……ホント、偶然二人で同じ日に休んだからって、噂立つなんて困っちゃうね……」
 苦笑しながらそう言う美波に、田村は少し俯いた。
「……ごめん。悪いけど、もう必要以上にしゃべるのやめない?」
 突然、田村がそう言った。美波は一瞬、何を言われているのかわからなかった。
「えっ……?」
「……千笑の友達だからって、しゃべり過ぎてたみたいだから。千笑に誤解されても困るし」
 田村の言葉は、何の温度もなく、美波の心を冷たく吹き抜けていった。自分から告白することなくふられたように、田村を好きでいることすらも拒否されたように思える。
「あ、はは……うん。そうだよね……」
「ああ、昨日の試合、残念だったな……でも、また頑張れよ」
 そう言って、田村は顔を背けた。美波には、もう田村の横顔しか映らない。
 またその日、突然の席替えが行われた。廊下近くの一番前の席を引き当てた美波とは正反対に、田村は窓際の席であった。
作品名:彼女のトモダチ 作家名:あいる.華音