彼女のトモダチ
6、三年生
私たちは傷つけ合いながらも、その歩みを止める術もなく、一歩ずつ大人に近付いてゆく。
だけど私はまだ子供で、気の利いた言葉も言えず、大人を装うことも出来ず、ただ成長しきれない自分に苛立ちを覚えながらも、千笑と話し合うことも、田村に告白することも出来ていない。
自分から行動しなければ何も変わらないとわかっていても、私はその場に縛られているかのように、行動に移せていないのだ。
焦りと絶望を繰り返した、この半年間。それでも私は、大人になれない――。
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それから半年後。クラス発表の掲示板を前に、美波は我が目を疑った。離れるかもしれないと思っていた、田村と千笑二人ともが、美波と同じクラスと書かれている。
気まずさだけが残っている中、半年経っても消えることのなかった田村への想いに、これからは嫌でも二人が恋人同士だという姿を見なければならない。また、亀裂の入った親友と、同じクラスでどう接しればいいというのだろう。
「美波!」
その時、呆然と掲示板の前に立ち尽くしていた美波は、突然肩を叩かれた。
ハッとして振り返ると、そこには半年間しゃべっていなかった、千笑の姿がある。あまりに突然のことで、美波は声が出ない。
「同じクラスだね。またよろしくね」
未だに目をパチパチさせて驚いている美波に目もくれず、千笑はそう話しかけた。その様子は、まるでこの半年がなかったことのようだ。
「あ、うん……」
「教室まで一緒に行こ」
生返事の美波を、千笑が強引に引っ張る形で、二人は教室へと向かっていった。
「あ、智樹」
教室に入るなり、千笑は目の前に立っていた田村に声をかけた。
「おう、おはよう。鈴木とはまた同じクラスだな。腐れ縁ってやつ」
半年前と変わらぬ笑顔でそう言う田村にもまた、美波は戸惑いを覚える。いったい何があったというのか。ここ半年、喧嘩するように目も合わさなかった二人に、自分だけが取り残されたように、まるで態度が違う。今の美波には、二人に精一杯微笑みかけることくらいしか出来なかった。
休み時間になっても、千笑は変わらなかった。ただ、美波と同じ部活の友達も同じクラスだったため、休み時間も放課後も、美波は終始その友達と話していた。千笑と話すには、まだ心の準備が出来ていない。
そんな日が数日続いた。千笑も田村も、普通に挨拶をする程度で、取り立てて何かを話すようなこともなかったが、この半年間の態度とは明らかに違う。無視することも、気まずい雰囲気もない。ただ美波だけが、それを受け入れられずにいた。
そんなある日、部活に行こうとする美波に、千笑が声をかける。
「美波……」
「……うん?」
「……話があるの」
千笑の言葉に、緊張が走った。何か重大なことを聞かされるようで、怖い感じがした。
「……ごめん。部活あるから……」
「終わってからでいいんだ。待っててもいいかな……?」
そう言っている千笑も、美波の顔色を窺うように、不安げな表情を浮かべている。
「……うん。わかった」
そんな千笑の表情に、美波は無下に断ることも出来なかった。ただ、その美波の返事に対して、千笑は本当にホッとしたような顔を見せたので、これで和解出来るのかもしれないと思った。
その日、部活を終えた美波のもとに、千笑がやってきた。もうすでに遅い時間だったが、千笑はずっと待っていたようである。
「お疲れさま」
千笑がそう声をかける。
「ううん。ごめんね、遅くまで待ってもらっちゃって……」
美波は、やっとまともに千笑の顔を見て話すことが出来た。
「こっちこそ……どっか寄らない?」
「うん」
まだぎこちない感じがしつつも、二人はお互いの溝を埋めるように、静かに歩み寄ろうとしていた。
二人はそのまま、前によく行っていたファーストフード店へと足を運ぶ。
「ごめんね、突然……」
「あ、ううん……」
千笑が話し始めたので、美波は緊張しつつも、千笑の言葉に耳を傾けた。間が持たなくて、何度もジュースのストローを抜き差ししたりする。
「美波……ごめんね」
突然、千笑がそう言った。
美波は見つめていたジュースのカップから目を離し、千笑を見た。千笑は真剣な顔をして、美波を見つめている。
「千笑……」
「意地張ってばかりいて……無視したりして、ごめんね……」
「……千笑。それは私も……」
千笑は美波の言葉を遮って、首を振った。
「……あの日、美波の陸上大会の日、私は美波に言われたことが図星で、カッとして自分のことを棚に上げて……」
「……え?」
「私ね、もうずっと、智樹じゃない人のことが好きだったの……」
思わぬ千笑の告白に、美波は目を丸くした。浮気でも友達でもなかったのか。一体どういうことなのか。逸る気持ちを抑え、美波は千笑を見つめる。
「美波が見たっていう人は、私が好きになりかけてた人……彼氏じゃなかったけど、部活三昧の智樹に満足出来なくて、私は浮ついてた……美波に言おうとも思ったけど、違う人を好きになったなんて知ったら、美波に軽蔑されるんじゃないかと思って……」
「千笑……」
「だから、美波にその人のことを指摘されただけで、どうしていいかわからなくなっちゃって……無視し始めたら、もう元に戻れなかった……」
そう話す千笑に、美波は少し俯いて、首を振った。
「私も……千笑と同じ気持ちだったんだと思う。田村のこと……図星だった。でも言えなかった……ごめんね……」
お互いが謝り合って、二人は確実に歩み寄ろうとしていた。
「美波……いつから智樹のこと、好きだったの……?」
突然、千笑が疑問を投げかけてきた。美波は少し躊躇った後、正直に口を開く。
「一年の、夏頃から……」
「そんなに? そっか。ごめん……」
「謝らないでよ。私、千笑と田村に別れて欲しいなんて思ってない。だから黙っていようと思ったの。出来ることなら、忘れようって……」
「でも、まだ好きなんだね……?」
静かにそう言った千笑に、美波はハッとして俯く。やがて静かに頷いた。
「ごめん……」
頷きながら、美波が言う。そんな美波の手を、千笑が取った。
「なに言ってるの? 誰かを好きな気持ちなんて、誰にも止められるものじゃないよ。だけど、やっぱり少しショックだった……本当は話してほしかったよ。だけど、私も一緒……美波にも智樹にも意地になって、美波に智樹は取られたくない。智樹に美波を取られたくないって、そんな気持ちの繰り返しで、結局二人を傷付けて……」
「違うよ、千笑……」
「美波。私、智樹とは別れたんだよ」
「えっ?」
一瞬、空気が止まった。
「別れたんだ。今年の冬に……」
「……どうして……」
「私はずるいの……他の人が好きだったのに、智樹と別れたくなかった……いろいろ理由をつけては、誰かのせいにして自分を庇ってた。美波と智樹の仲が良いことが許せなくて、自分も他に好きな人がいるのに、二人の仲を裂こうとしてた……」
「千笑……」