栓抜き女王
いいビール、海外製、その言葉に私は我に返りました。そうしたら、その王冠もきっと珍しいものだと思ったのです。ここはこれを持って行けば名誉回復のチャンスだと思いついたのです。ここは私、栓抜きの出番です。
「でも井坂おじさんの持ってきてくれたものって、あんまりお味がよくないってお父さん言ってたよ」
「あー…まあなあ…」
これは本当の話で、恐らく私たちが庶民舌なのでしょうが、高級な味とか海外の味には、あまり賛同しえないものがあって、珍しさだけで食べていることもしばしばなのでした。
「でもな、やっぱり海外っていい感じするだろう?特別だからな」
「でも、お父さん。お正月にはおいしいビールのほうがいいよ。特別より、おいしいものの方が絶対いいよ」
「でも、ほら、あんまり手に入らないものだし」
「でもでもっ、井坂おじさん気前がいいからまた買ってきてくださるかもしれないよ」
でもでも合戦、傍から見たらどうしようもない言い争いであるけれども、私はとにかく必死で父を丸め込もうとしました。父はミーハーなところがある人だから、なかなか折れてくれません。しかし、母は私の魂胆はバレバレだったようで、私たちが言い争っている最中に、そっとその件のビールを持ってきてくれたのでした。いざ目の前にビールがあれば、父は飲みたがる人のようで、ミーハーさはそれに負けてしまいました。仕方ないな、と父が観念したように言うと私は両手を上げて万歳をしました。その海外製のビール瓶からとれた王冠は、おそらく、誰も持っていないだろうし、そして何より、Nくんが持っていたどの王冠よりも綺麗だったのです。そういう自信を持っていました。貰った4つの王冠と並べても見劣りをしないというか、むしろ主役にでもなれそうな美しさです。これはすごい、と興奮したまま布団に入り、そして布団の中でまたちやほやされる自分を想像しながら眠りにつきました。
翌日、その綺麗な王冠を持って胸を張って空き地に行きました。これはすごい王冠だと、ポケットに入れた王冠から力が満ち満ちていくようでした。しかし、肝心の空き地には、もう誰も王冠の見せびらかしっこをしている子供はいませんでした。私はてっきりNくんが今はカースト上位になって仕切っているものとばかり思っていたのに、男の子たちはベーゴマで遊んでいました。私はしばらくその様子を眺めていたのですが、どうやら強い形のコマを持っている子供が、今度はカースト上位になっているようでした。王冠は?あれだけ夢中になっていたのに、みんな、王冠はどうしたの?そう思うけれど、まさか聞けず。その内に、一人の男の子が私を見て、鼻で笑ったのを見、なんだかまた恥かしいのが戻ってきて、私はそのベーゴマの輪の中から外れました。ポケットの中の王冠の力は、すっかりしぼんでいました。意気消沈した私は、なんとなくその場にいることさえ嫌になり、家に帰ろうかと思いましたが、空き地の隅の木陰にNくんを見つけました。遠目から、王冠をいじくっているのがわかって、私はそっと彼に近づきました。Nくんは私に気づくなり、こんにちは、と礼儀正しく声をかけてきました。
「ねえ、王冠集めは、どうなったの?」
Nくんになら聞ける、なんていう甘えみたいなものがあって、私は彼に尋ねました。私が天狗なら、彼もまたそうに違いないと思ったからでした。Nくんは笑いました。
「はやりってそんなものだよ」
「はやり?」
「僕は王冠が好きだから、みんなが飽きても集めてるんだ。見るかい?」
「…ううん、いい」
そっけなく答えるとNくんは笑いました。常に笑んでいるような人で、私のことを笑ったのも、あれは実は癖だったのかもしれないといまさらに思いました。
「私、王冠はね、そんなに好きじゃないの」
「知ってるよ、女の子で王冠好きな人ってあんまりいないからね。僕が来た日、すぐ帰っちゃったでしょ。あれ、悪かったなーって、思ってるんだ。ごめんね」
「気にしてないもの」
本当はすごく気にしてて、それだからなんとなく罰が悪くてそっぽを向いてそっけなくそう言いました。ガチャガチャと王冠がぶつかって鳴る音がしました。
「でも、謝りたかったんだよ。帰る前に、会えてよかった」
「あんた、帰るの?都会に?」
「うん、そう」
「ふうん…」
まともに話したのは初めてのくせに、ちょっとだけ寂しいような感じがしました。そして、私はポケットの王冠を思い出し、それを出しました。
「ねえ、じゃあ、これあげるよ」
「ん?お、おおー!」
それを渡すと、Nくんは今までとは打って変わったようにはしゃぎだしたのです。
「え、なにこれ!すごい、どこの?」
「わかんないけど、海外のやつだよ」
「海外!」
落ち着いていた印象のNくんのテンションの上がり具合に驚いたのと、嬉しいのと、照れくさいのとごちゃごちゃで、顔が赤くなるようでした。
「わあ、いいの?本当に?ほんと?」
「本当だよ、あげる」
「やったー!ありがとう!」
空き地の隅っこ、木陰の下の小さな歓声に、またそっと心の内で小さな優越感が芽生えました。小さな、ひとりぼっちの歓声だったけれど、それが私にとって一番、嬉しいものとなったのでした。