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栓抜き女王

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瓶ビールの王冠なんかを、男の子に混ざって集めていました。アサノビールの金の王冠なんかは普通なもので、値段が高いユンカの黒や赤の王冠の方が珍しいとされていて、それを持っているヤツは偉いのだ、と今でこそ訳の分からないカーストルールがあり、それなりに楽しく遊んでいました。
 まず、女の私がなぜ、男の子に混ざって王冠なんかを集めていたかと言いますと、私の父が大変な酒好きで、いろんなところのビールを集めては飲んで、その王冠を私に見せ、
「どうだ、これなんかかっこいいだろう」
 などと聞いてくるのです。私は女ですし、実のところ王冠になど微塵も興味なく、だからと言ってあんまり関心のない風にすると父の機嫌が悪くなります。だから私は、無邪気を装い、
「うん!かっこいい!それ、私にちょうだい!」
などと父にせがむのです。そうすると父は機嫌よく私に王冠を私、そのビールの薀蓄を話しつつ、私の母に、
「あやこもこの王冠がかっこいいといっている。きれいだろう。子供はこういうのがすきなんだよ」
 と言って、次のビールを開けるのです。母は呆れていました。要するに、私はビールを開けるためのダシに使われていたわけです。あやこが、あやこが、ほしいって言うから…父は繰り返しています。母も事情を知っていたので、私が責められることは決してありませんでしたが、それでも子供ながらに、なんとなくいいようにされているような気がして、私は栓抜きじゃないんだぞ!と言いたいくらいでした。実際には、言えませんでしたが。

 父は日に平均3本、瓶を開けます。すると1週間で21個の王冠。1ヶ月で100個ちかく集まるのです。最初はだんだん増えていく王冠にどうしてくれようと思っていたのですが、ある日、友人とフラフープを持って遊びにでかけた時、男の子たちが自慢の王冠を仲間内で見せびらかしているのを見ました。それで、それが集める価値のあるものだったということをはじめて知ったのです。
 私は、20個程度を見せびらかしている男の子の前に、私が今までもらった王冠を出しました。その時の歓声ったら、忘れません。おおおっという男の子たちの声、好奇の目と、すごいすごいと囃し立てられます。カーストルール上、私は一等になりました。女でありながらです。その優越感は、当時の私にとって何事にも変えられないほどでした。最初は、私は栓抜きじゃない!などと父に思っていたのに、手のひら返し。父の決まりごとのような言い訳に賛同し、もっと飲め、もっと飲めと薦めました。父に、王冠を集めたから子供たちのリーダーになれたといったら、父もたいそう嬉しがり、
「よかったな!お父さんの言うとおりだろ。どれ、あやこの女王様の立場を守るために、俺ァもっと飲むぞ!」
 と、日に4本、その内3本がアサノビールの金冠、1本がユンカの黒冠でした。どんどん増えていく宝物に私は嬉しく思う反面、母は、
「女の子が男の子に混じって遊ぶなんて」
 なんて言います。でも私は気にしません。私は女王様でした。とてもとても、いい気分でした。

 転変が訪れたのは、本当に突然のことでした。
 一緒に遊んでいた男の子の、知り合いだか、親戚だか、とにかく都会の方から、男の子が一人やってきたのです。Nくんと言います。いつも通り、空き地で王冠の見せびらかしっこをしていた時、そのNくんはやってきて、私の200を超える冠をまじまじと眺めていました。その当時の私は調子にのっていて、何せ女王様でしたから、そのNくんに、
「あら、はじめまして。新入りくん?じゃあ御近づきの印に、どれでもすきなの1個、持っていっていーよ」
 アサノ、ユンカの王冠は同じものをたくさん持っていましたし、どれかひとつがなくなったとしても分からないぐらいで、気前よく人にあげたところで何の支障もなかったのです。いいなーいいなー、と周りの男の子はざわめきましたが、肝心のNくんは私の王冠を見つめたあと、私の顔を見て微かに笑ったのです。なんで、と思う間にNくんは立ち上がって、自前の鞄の中をごそごそと漁り、そうしてその突っ込んだ手をぐーにしたまま、それを私の前に出しました。
「いいえ。こちらこそ仲良くして貰いたいので、謙譲させてくださいね」
 そして、ゆっくり開かれたNくんの右手の中には、今まで見たことのない王冠が4つもあり、また男の子たちの歓声があがりました。その歓声は、私のときと比べ物にならないほど、強く。両手にそれを受け取るとすぐに、Nくんは質問攻めにあっていました。

 その王冠は、赤と黄色、青、白の4つの色で、それぞれに自動車やら、人の顔やらが描かれており、とにかく私たちの持つ単調な絵柄のものと違い、大変珍しく、そして女の私から見ても綺麗だ、と心から思えるほどに素敵なものだったのです。4つの王冠に見とれている間に、Nくんは持参した綺麗な布の上に自分のコレクションを広げ始めました。あれもこれも、見たことがないものばかり。私が貰ったものも、その中に何個もありました。気がつけば、Nくんの周りには人だかりができており、それは男の子だけでなく、今まで王冠に無関心だった女の子たちでさえもです。群集から取り残された私は、4つの王冠を握り締めて、ぽつんとその場に立つだけでした。目の前には今まで集めた200ちかくの冠の山。この200は、この手のひらの4つに敵わなかったのです。そう思った時、私の数だけの王冠を見て、Nくんが笑った理由がわかり、腹立たしくなり、それでも一人取り残された私は悔しいやら、悲しいやら。一人ぼっちの女王様です。いいえ、もう私は女王様ではなかったのです。向けられた無数の背中たちに、蔑まれているような気さえして、私は200個と4個の私の宝物を風呂敷にしまい、誰にも気づかれないように家に帰りました。

 翌日から、空き地に行くのにも恥ずかしく、家に篭っていました。父がビールを飲むことに、賛同しなくなりました。元気がないなと父に言われるもそっぽを向いて、なんでもないと答えるのみで、すっかり私はいじけておりました。所詮、お山の大将だったということをしっかりと理解して、あんなに生意気なことを言って。恥かしくて、いっそのこと何もなかったことにならないかなと夜な夜な思ったりもしました。そういう、しばらく憂鬱な日々をすごした後のことです。
 いつも通り、夕飯を食べ終わると、父は晩酌を始めました。パチンといい音がして、王冠を外し、それを父が私に投げてよこします。手の中の王冠を見ると、いたたまれない気持ちになり、それを手の中にしっかりと持ち、視界に入らないようにしました。そんなことをしていると母が思いついたように、
「あ、そうだ。井坂さんから貰ったビールあるじゃないですか。あれ、どうです?」
 井坂さんというのはお金持ちのおじさんで、何でも海外に何度も行っているだとかなんとか、よく海の向こうの品物を持ってきてくれる人でした。それを私はぼんやりと上の空で聞いていたのですが、
「あーだめだめ。いいビールなんだろう?」
「そう、海外の、とか。どこでしたっけね、私もよく覚えてないんですけど」
「そういうのはもっと特別な日に飲むもんだよ、お前。たとえば、正月とか」
作品名:栓抜き女王 作家名:笠井藤吾