その腕につつまれて
「もしかして、…会社でですか?」
あるとすれば、陸也が関係している場所でだろう。他に二人を繋ぐ接点が見つからなかった。
高校の時に、陸也が絵画教室に持っていく月謝を忘れ、海斗がバイト先まで持っていた事が何度かあった。だから、そこで会っていても不思議じゃない。
推論を口にすれば、正解だよとにこやかに返された。
「そう。俺が会ったのは、ロビーで待っていた君だった。あの時は陸也君がいなくて、しばらく待っていてもらおうと応接室に通したんだよ。忙しなく働く職場の雰囲気に戸惑っていた君に、コーヒーを出したんだけど、その時なんて言ったと思う?」
懐かしさを含ませた問いに、答えを出そうとしても上手くいかなかった。
「…思い出せません」
降参すると、橘は小さく笑った。
「だろうね。でも、その一言で決めたんだ。案外、きっかけなんて、単純な所に転がってるのかもしれないんだって気づかされたよ」
橘の淹れたのは、インスタントじゃなくドリップ式だった。
椿に頼まれ、自分で豆をブレンドしたものだったが、それを飲んだ時に、海斗が嬉しそうに微笑んだらしい。その時の美味しいという一言が、今の自分を形成している一部なんだと教えられ、どことなく胸がくすぐったかった。
「あの後、陸也君から君の事を何度か聞いて、気になってたんだけど、多分もう会わないだろうなって思ってた」
だから今回の偶然に感謝し、今度はもっと一緒にいれるだろうかと、バイトの話を持ちかけた捺に便乗したんだと、打ち明けられる。
「結局、今の俺がいるのは君のおかげなんだ。…──だから、これからも傍にいて欲しい」
海斗は、自分も同じ気持ちだと伝えようとしたが、それは音となる前に、橘から与えられる甘い口づけに蕩かされていく。
まるで熱に抱かれているみたいだと感じ、海斗は与えらたぬくもりを素直に享受しながら、自分の居場所をくれた恋人へ、愛しさを伝える為に好きだと、そっと囁いた。