1978 puddle-out
半歩先行く細い腕が意外そうに振り返る。
僕はぎゅっと彼女の手を強く握った。
何が分かったのか分からなかったけど、僕は分かったんだ。
持っていた空き缶が砂の上に、音もなく落ちた。
滑ってゆくヘッドライトだけが僕らの背中を見ていた。
とうとう夏休みは終わりそうだ。
マリと劇的な展開するわけでもなく。
あの夜
18歳の僕は21歳の彼女を抱き寄せるのが精一杯で
それっきり、ふたりの時間が止まってしまった。
そんな気がした。
少女達の話にかこつけて僕は訳も分からず
抱きしめてしまったんじゃないかとか
真面目な話してるのに何よ、と怒ってるんじゃないかとか。
アキヒロに意を決してマリとのことを打ち明けると奴は
「バカだな、おまえ」
と、舌打ちしながら笑った。
キスもせず抱きしめただけの僕がバカなのか
ただ流れてゆく膨大な夏の一個の小さな出来事に
感傷的になってるのがバカなのか。
「サーフィンでも始めるかな。ここのバイトも終わるし。
おまえもやる?」
「夏も終わりなのに、今からかよ」
大きなロゴの入ったTシャツ
ビッグ・ウェンズデー
あの年の流行りだった。
(puddle-out パドルアウト
沖に向って漕ぐこと)
僕はきっと夏に向かって漕いだ。
1978年の夏に。
僕らに夕陽が沈む。
1978年の、夏が。
作品名:1978 puddle-out 作家名:たえなかすず