私のやんごとなき王子様 三島編
「なんだ? 何かあるなら何でも言ってみればいい」
いつもより優しい声で三島君が言ってくれたので、私も思い切って口を開いた。
「この表紙の演劇祭の写植なんだけど、ブルーよりグレーの方が良いと思うの」
「グレー?」
そのパッとしない色に三島君が難色をしめす。
「グレーですね、分かりました。ちょっとパソコンでやってみます」
そういうとおじさんは奥へと消えていく。
「すみませんっ、お手数おかけします」
その背中に向って声をかけると、おじさんはにこにこ笑いながら軽く手をふってくれた。
「ごめんね、何か変な事言っちゃってるよね」
「いや、俺には美術的なセンスは無いから、良く分からないんだが」
「うーん、何となく……そう思っちゃっただけなんだけどね」
パンフレットの表紙には美しい白鳥が圧倒的な白で描かれている。その背景の湖はどこまでも透き通ったブルーだ。そこにさらに色合いの違うブルーを乗せた写植も、品が良くて良いと思う。でも、グレーだったら?
そんな事を考えている間に、おじさんは文字色を変えた表紙を持って、こちらにやってきた。
「いやぁ、これは良いと思いますよ!」
そう言って手渡されたサンプルにはグレーの文字が、そこはかとない品位と切なさをもって表示されていた。
「これは……確かに、今回の演劇祭のテーマにピッタリだ」
「では、こちらの配色で?」
「はい、よろしくお願いします」
三島君が頭を下げたので、私も思いっきり頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
おじさんはそんな私を見て、ニコニコと微笑んでいる。
「お嬢さんのおかげで素晴らしいパンフレットになりそうですよ。私も完成が楽しみです」「あっ、有難うございます!」
「それでは僕達はそろそろ失礼いたします」
三島君が席を立つので、私もそれに倣う。
「はい。演劇祭、楽しみにしていますよ!」
そんなおじさんの励ましを背中に受け、私と三島君は印刷所を後にした。
作品名:私のやんごとなき王子様 三島編 作家名:有馬音文