彼女の不安(2)
「わあああああっ!!!」
奇声を上げながら香奈子が道夫にタックルをかました。
道夫は特に受け身を取る事もなく、勢いに任せて床に倒れ込んだ。
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ・・・。」
香奈子は全身に汗をかいていた。道夫がやろうとした事を直前に察知し、それを止めるべく一瞬で全神経と全体力を消耗したためだった。
「・・・。」
道夫は倒れた体勢のまま、表情を変えることもなく香奈子を見ていた。
「み、みっちゃん、何するつもりだったの・・・。」
肩で息をしながら香奈子は道夫に問いただした。
「聞いてどうする。」
制服にまとわりついた埃を払うこともなく、道夫はさっさと立ち上がりながら香奈子に問い返した。
「さ、さっき、く、首の骨・・・お・・・。」
「ん、ああ。」
「そんなことしたら死ぬ!」
「まあ、殺さずに折るのはかなり難しい。」
「こ、殺すって・・・どうしてそんな事・・・。」
「・・・ん?」
平然と凄惨な言葉を並べる道夫に、香奈子は戦慄を覚えた。
「お前を殺すと言った。」
「え?」
「殺すと言ったんだから、殺される前にやっとかないと、な。」
道夫は少し困惑した様子だった。何故分かりきった事を言わせるのか分からない、という表情だった。
「そ、そんな事で?首を折ろうとしたの?」
「『そんな事』って、お前、殺されようとしてたんだけど。」
「そんなわけないでしょ!?」
「何故?」
「殺されないに決まってるじゃない!そんなんで人を殺すわけないじゃない!」
「だがこいつは『殺す』と言ったぞ。」
そう言いながら、道夫は気絶したヤンキーの顔をサッカーボールのように踏みつけ、キックオフ直前のサッカー選手のように前後に転がした。
「言葉の綾というか、脅しというか・・・。」
「お前の思い込みだ。こいつはお前を殺そうとしていた。」
「そ、そんな・・・。」
道夫は、ふう、とため息をつき、両手を腰に当てて香奈子に詰め寄った。
「とにかく、ちょっとそこどいてくれないと。」
「どいたら・・・?」
「そいつは生きてたらお前も安心できないだろ。」
「駄目!駄目!絶対駄目!」
道夫はますます困惑の表情を深めて言った。
「じゃあどうしろって言うんだ。」
「殺しちゃ駄目って言ってるでしょ!」
「殺されそうになったのに?」
「殺されそうになってない!」
「お前を殺すと言った。」
「本気でそんな事言うわけないでしょ!」
堂々巡りだった。と同時に、香奈子は道夫がなんだかおぞましい生き物のように見えて来ていた。
筒井道夫が変わり始めたのは、さすがに香奈子以外の同級生達も気がついていた。しかし今回の一件のように、彼が今回のような行動を取る理由も条件もよく分からなかった。