桜の咲く頃
「ほんと、何言ってんだろうなあ、俺。らしくないッスね。あ、ここで俺と会ったこと、クラスの連中にはナイショにしとけよ」
「なんでよ」
「柄にもなくおセンチになってるところなんか死んでも知られたくねー。バレたら末代までの恥だぜ」
「バラしたろ。こんなおもしろいことはないもん。夏にクラス会やるって委員長言ってたから、そのときのネタになってもらうわ」
「こないだ卒業したばっかなのに、もうクラス会かよ。はえーな」
由比がけたけた笑いながら、じゃあな、と手を振った。
うん、またね、と…いつもの調子を取り戻して、手を振ろうとして、
あたしは中途半端にあげた手を、どうしたらいいのかわからなくなった。
そこには誰もいなかった。
もちろん、まわりにも。誰も。
一瞬にして、由比は消えてしまった。
あたしは、夢でも見ていたのだろうか?
出発予定だった30日は、葬儀に潰されて、あたしは翌日ばたばたと京都へ向かった。
棺の中の由比は、眠っているようだった。
それは2月半ばのこと。東京の大学を受けに出かけた由比は、東京で、酔っ払いの運転する車にはねられたんだという。そのまま意識不明になり、卒業式当日も命だけを維持する機械に縛られたまま、白いベッドの上で迎え、合格通知を受け取って、逝った。
行きたかったのは天国じゃなくて、桜の咲くキャンパスだっただろうに。
葬儀の日、あたしは泣かなかった。
泣けなかった。
由比の声は、今でも鮮明に覚えている。