掌編寄せ集め
生き生きした緑の下にいる少女に何故だか心惹かれた。彼女はどこかミスマッチだった。太い幹と細い四肢、それら全てが、夏という季節と。
音を声に、単語にと形づくる白い声はまるで結晶のようだった。
もう夏だというのに、彼女の周りだけは降り注ぐ蝉時雨から切り離された世界が構築されており、特に風が吹いているわけでもないのにどこか涼しい心地がした。
梢から漏れる太陽の黄色やそれに照らされた緑が彼女の顔に陰をつくる、ざわざわざわと揺れる色とは裏腹に彼女は表情ひとつ変えなかった(瞬きすらしなかったように思われる)。
雪のように白い肌、ふわふわした白いワンピース、白い麦わら帽子。
ボブカットの艶やかな黒髪、黒目がちの大きな瞳、腰に巻かれた黒く大きなリボン。
黒白のコントラストが葬列を彷彿とさせ、背中を冷たい風が走った。
少女はそれを見てくすりと笑った。
「みえないの」
「何が」
疑問形なのに抑揚がないせいでそう聞こえない。
ざわざわじわじわずーいずーいという夏の音が世界に戻ってきた。同時に暑さも肩にのしかかってきて、汗が体中から吹き出した。
それは少女も同じはずなのに、目の前の彼女は飄々と僕を見つめる。
「黄色の魚と水色の狼」
「なに、それ」
じわり、握ったこぶしに汗が滲む。額や鼻に出来た汗のしずくが伝い落ちた。早いところ拭ってしまいたかったが、少女から目を離すとそのまま夏の間に溶けて消えてしまいそうで、なにもできずにただひたすら見つめていた。
じゅわじゅわじゅわとアブラゼミの鳴き声が集中を乱そうとする。このまま沈黙までのしかかってこようというのなら幼い双肩はどうなってしまうのか。
「みえるよ」
「魚は、狼のなかに」
「狼は、せかいのなかに」
「わたしも」
ふたつの眼は僕を見ているようでありながらその奥を見ていたのだと気付いて、急いで頭だけで後ろを向いた。
そこには、真上にあったはずの太陽とそれを抱き締める青空。
強い光が目を灼いた。
次に目を開くと、くすんだ世界が広がっていた。
あ、あ、あ。
少女は、いない。消えている。
いない、いないいないいない。
混乱が夕立のように心に侵食してくる。揺れる木の葉擦れは雨音で、時折合間から姿を見せる陽光はさしずめ雷だった。
冷や汗がだらだらだらりと流れて汗と交じる。風が吹き込めば背中が冷える。
まるで僕の中の混迷を見透かしたかのように、入道雲の白がひとつ、微笑んだような気がした。
【夏に恋した氷晶】