掌編寄せ集め
声も出なかった。
未だ見たことのない、現実味のない風景がそこにあったからである。
夕暮れという時間も相まって、それはとても繊細かつ堅固な、別世界の一国のように見えた。
水墨画の空の中に、色を持った城が悠然と佇んでいた。
天上は完全に時間の流れから切り離されていた。雲海の上の存在がやんわりと自らを主張している。
私は、まるで吸い込まれるようにそれに惹かれていた。
狼に変身できるなどと夢のあることは思えなかった。しかし、あの月光色の世界はきっと穢れなどない理想郷なのだろうな、と言外に悟った。
携帯電話に視線を落としたのはわずか三分だった。しかしその隙に空は群青に浸食され、先ほどまであった、あの異様な幻想感はなくなっていた。
時が流れれば流れるほど、濃藍の中で真ん丸い黄金は映えてゆく。満月は自ら光を放っているかのように煌々と輝き、辺りの雲を淡い虹色に染めながら、天高く昇っていったのだった。
私の現実は月に奪われてしまった。
【幻月】
未だ見たことのない、現実味のない風景がそこにあったからである。
夕暮れという時間も相まって、それはとても繊細かつ堅固な、別世界の一国のように見えた。
水墨画の空の中に、色を持った城が悠然と佇んでいた。
天上は完全に時間の流れから切り離されていた。雲海の上の存在がやんわりと自らを主張している。
私は、まるで吸い込まれるようにそれに惹かれていた。
狼に変身できるなどと夢のあることは思えなかった。しかし、あの月光色の世界はきっと穢れなどない理想郷なのだろうな、と言外に悟った。
携帯電話に視線を落としたのはわずか三分だった。しかしその隙に空は群青に浸食され、先ほどまであった、あの異様な幻想感はなくなっていた。
時が流れれば流れるほど、濃藍の中で真ん丸い黄金は映えてゆく。満月は自ら光を放っているかのように煌々と輝き、辺りの雲を淡い虹色に染めながら、天高く昇っていったのだった。
私の現実は月に奪われてしまった。
【幻月】