私のやんごとなき王子様 土屋編
最終幕―――
雷鳴轟く湖の側の廃墟へと、オデットの友人達が慌てて逃げ込む。そこへジークフリート王子が取り乱した様子で走って来た。
「ああ、オデット! 許して下さい!」
王子の姿を見たオデット姫は悲しみに溢れたその美しい顔を歪め、ジークフリートから逃げる。
「私にはもう、あなたを許す力がありません。すべては終わったのです」
廃墟へと走るオデット。それを追いかけるジークフリート……
この後二人は湖に身を投げるのだ――そして舞台の最後、土屋君の描いた静かで美しい湖面に白鳥達の群れが現れた。
その白鳥達の姿はどこまでも透明で、清らかだった。
私は客席や舞台袖から沸き起こる大喝采を遠くに聞きながら、呆然とするばかりだった。
役者のみんなの演技は本当に素晴らしかった。
でも私にとって何より美しさを感じたのは土屋君の描いた世界だった。
――完璧だった。
役者を決して邪魔する事のない、それでいて単体として見ても壮絶なその世界。
芸術家・土屋奏の全てがそこにある気がした。
「凄い……」
私が思わずそう漏らしたその瞬間、土屋君の手が私に触れた。
「出るよ、騒がしくなるからね」
土屋君はそう言うと、私の手を引き会場を後にした。
後方の会場からは、演劇の余韻に浸った人々の絶賛の声が嵐のように響いていた。
作品名:私のやんごとなき王子様 土屋編 作家名:有馬音文