冷たい唇
「――――――ッッ」
時弥の横をすり抜けざまに吐き捨てて、そのまま部屋をあとにした。
相手は、あの秀麗な面差しを憎悪で歪めているのだろう。悔しげに舌打ちをしているかもしれない。あの男に似合わない仕草であればあるほど、純の気分は浮上した。
愉快な心地に誘われるまま、軽い足取りで廊下を歩く。
唇を親指でなぞった。
思ったより温かかったな、とぼんやりと思う。
あんな冷たい顔をしているのだから、さぞや冷たい唇なのだろうと思っていた。なんとなく拍子抜けだ。
「おもしろい」
春の陽射しがやわらかく降り注いでいる。純はこの一年は去年よりも有意義になる予感に、ひそかに胸を躍らせたのだった。