私のやんごとなき王子様 風名編
取材陣が出て行った後午後の練習も終わり、私は練習室を出て一人廊下を歩いていた。
何だか歩く足が重たくて、中々前に進めない。おまけに頭も痛くなってきて、ふらふらする。
「小日向」
そんな所に声を掛けられ、その声の主が誰か分かった私は足を止めただけで振り返る事が出来なかった。
近くの窓枠に手を掛けて一つ息を吐き出すと、風名君が心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫? 顔色すげぇ悪い。具合悪い?」
「ううん、大丈夫」
首を振るのも頭が痛い。
「大丈夫……って顔じゃないよ。ほら、掴まって」
そう言って片手で私の背中を支え、もう片方の手を私の前に差し出した。
触れられてビクリとした私は、すぐにその手を振り払うように歩き出した。
「ほ、本当に大丈夫だから!」
「寝てないうえにさっきの取材のストレスで疲れたんだよ。どうせ俺の部屋は小日向の部屋の向かいなんだし、行く方向同じだろ? だから掴まれよ。無理すると倒れるぞ?」
もう倒れてしまった方がいいんじゃないかって思った。私なんかいない方が、劇もスムーズに運ぶんじゃないかって……。
だけど風名君の手がすごく優しくて暖かくて、もう振りほどく事は出来なかった。
どうしてこんなに優しくしてくれるんだろう?
……ああそうか、風名君は誰にでも優しいんだった。バカだな、私―――
「俺、小日向が倒れたらヤダよ」
「えっ?」
頭の上から聞こえた風名君の呟きに、私は思わず顔を上げた。
今、私が倒れたら嫌だって、言った?
「風……」
「美羽っ!?」
突然前方から飛んで来たさなぎの叫び声によって、私の声は見事かき消されてしまった。
「あ……さなぎ」
驚いていると、さなぎはすぐに風名君とは反対側の私の隣りに並ぶと、眉間に皺を寄せて私のおでこに手を当てた。
「あんた顔真っ青だよ! どうしたのよっ!」
「何でも無いよ」
「んな訳ないでしょ?! 風名君、美羽を運んできてくれてありがとう!」
大げさな事言うな。なんて思っていると、さなぎは私の腕を肩に回して目の前のドアを開けた。
担当は別だけど、部屋割りはクラス毎だから私とさなぎは同室なのだ。
「ほら美羽、風名君にちゃんとお礼言いなよ」
作品名:私のやんごとなき王子様 風名編 作家名:有馬音文