私のやんごとなき王子様 風名編
「おっと、小日向。おはよう。どうした? 顔色悪いみたいだけど?」
「あっ、風名君、おはよう……えっと、その……」
思わず口ごもる私に、風名君は相変わらずの爽やかな笑顔で言葉の続きを待ってくれてる。
本当に優しいなあ。
ごくりと唾を呑み込んで間を置くと、私は風名君の腕を掴んで廊下へと引っ張り出した。
廊下の端の窓際へ行くと、風名君の腕を放して小声で告げた。
「あのね、風名君。私、演劇担当に決めたんだ……」
「マジっ!?」
びっくりするくらい大きな反応が返って来て、私は思わず一歩下がる。
風名君はすごく嬉しそうに私の両手を握ると、
「ありがとう、小日向! 一緒に頑張ろうな!」
「うっ、うん……よろしくお願いします」
あまりの勢いにうまく頷けないでいる私を他所に、風名君は私の手握ったまま続けた。
「あっ! そうだ。小日向、今日の放課後、暇?」
「暇だけど」
「じゃあちょっと買い物行きたいから付き合ってくれないか?」
「えっ!?」
なんでこんな展開になっているのか分からない。風名君と買い物!? もし雑誌記者とかに見られたりしたら、それってかなりヤバいんじゃないの!?
目を見開いて固まっていると、風名君が手を放して少し恥ずかしそうに言った。
「いや、あのさ、白鳥の湖の勉強しようと思ってたんだけどさ、なんか男の俺がそういった関係の本とか買うの、ちょっと勇気がいるっていうか……」
ああ、なるほど。そう言う事か。
風名君も普通の男子高校生なんだなあ、なんて妙に感心してしまった。
「あ、うん。いいよ。私でよければ」
勉強熱心な風名君の役に立てるなら、ファンの嫉妬なんて怖くない。って自分を奮い起こしてみる。
だってこんなに嬉しそうな顔をしてる風名君を間近で見られるなんて、すっごく貴重なんだもん。
「サンキュ、すっごい助かる。学校の図書館で見れるやつは全部目を通したんだけど、他のも見たくてさ」
「そうなんだ、風名君って勉強熱心なんだね」
「そんなことないよ。自信が無いだけ」
そう言って風名君はにっこり微笑んだ。
斯くして私、小日向美羽は、今日の放課後アイドルの風名玲君と買い物に行く事となった。
作品名:私のやんごとなき王子様 風名編 作家名:有馬音文