紙の魚
村の中は、想像よりも開けていた。この村を越えて、もう少しいけば、大きな街道に交わるため、少し道をそれて、ここで一泊する旅人などもいるのかもしれない。村を貫く大通りには、大八車の轍の跡が残り、村落にはめずらしく小さな長屋風の家も左右に立ち並んでいる。このような小さな村はたいてい畑も少なく土地も貧しいものだが、農作業の道具を鋳鉄する鍛冶屋や、朝早くから畑に出ていた村人が一服するための店もあり、この村はことのほか豊かで、ほかの村にない活気が感じられた。
わたしの荷物は書物がほとんどで、外見からやわに見られる割には、存外ずしりと重い。外洋をゆく船の帆を切って、友人が作った四角い背負い包みを、茶店の前の床几の上に置き、地主の家を探そうか、それとも旅籠に入るのが先かを考えあぐねていると、茶色の暖簾をくぐって、中から九つ、十の少女が出てきた。
「お客さん、お茶かお酒? 饅頭なんどもありますよ。」
「いや、まだ、お昼どきだろう。お茶をいただけるとありがたい。」
「へぇ、すぐに。」少女はくったくのない笑顔を見せた。縦じまの着物の袖をじゃまにならないよう水色のひもでしばって、桃割れに結おうとしたてっぺんの髷が短いのも初々しい。
「きみは、ここではたらいているの、ずいぶん若いようだけれど。」
「ここはわたしのおっとうさんの茶店だから、たまに手伝うことがあるんです。」
「そうか。ねぇ、わたしは旅をしていてたまたまこの村に立ち寄ったのだけれど、このあたりに、旅籠はないだろうか。」
「それなら、うちの二階がそうですよ。ちょっと待って。部屋があいてるか、おっとうさんに聞いてきます。」
「あぁ、どのみち、宿帳があるだろう。聞きたいこともあるし、わたしもついていくよ。」
少女は背後を振り返ると、子供の速度で、ぱっと駆け出した。
「あっ、おっとうさん!」
わたしは、一度下ろした荷物を左肩にかけかえ、少女の後について、ゆっくりと暖簾をくぐった。
店の中は暗く、外に面した障子の前にひとつ、ふたつ木でできた食事場所があり、奥の土間を上がったところからせまく急な階段が上へと伸びている。店主は、土間からたたきへ降りてくるところだった。
「なんですか、お客さん。お泊りですって?」
「今日、お部屋があいてるかって。」 少女が店主の袖をひっぱった。
「今夜一晩ですかい?」