飛べない鳥
「砂漠に降る大雨を目指して走るの。エミューの目はすごくよくて、遠くの雷雲が見えるんだって。嵐のあとの砂漠は少しの間だけ、緑が生まれる。エミューのエサはその緑なんだ。ほんの数日の間、一面の花畑ができるんだよ、嵐のあとには」
「へえ・・・・・・」
「乾燥が進んで、花畑が枯れたら、また雷雲を目指して走る。一直線に。エミューはそうやって生きてるんだよ。そしてエミューのカンはめったに外れない。目指した先に必ず雷雲がある。なかったら死んじゃうしね」
「すごいな、それって」
「エミューの話を聞いたとき、私、すごい惹かれた。前世はエミューだったのかも」
「唐突だよ、先輩」
「きっとエミューは動物園で飼われたら死んでしまうんじゃないかな」
「そうなの?」
「わかんないけど」
「マグロみたいだ」
オレの言葉に、夏夜子が笑った。
口の端でニヤリと笑うことが多い夏夜子が、久し振りに見せた笑顔だった。
医者も弁護士も夏夜子の目標ではなかったのだろう。そこに向かって走ることはできなかった。その先にあるのは花畑をもたらす雷雲ではなかったのだ。夏夜子の目には見えていた。
なんだかんだで西高は落ちたが、夏夜子おすすめの「制服がかわいい」泉が丘には受かった。
よかったじゃないか、と、オレより先に卒業式があった夏夜子は言ってくれた。
2年の専門学校生活を終えて、夏夜子は大阪で勤めを始めた。カメラマンの助手なんて、と夏夜子の母親は嘆いていたそうだが、オレは夏夜子には合っていると思った。
夏夜子の目に映る世界を、オレも見てみたかった。
でもそれはかなわなかった。
翌年、オレも京都の大学に引っかかったから、京都か大阪で会おうか、というメールをやり取りしたのが、最後になった。
ほんの数日の間、一面の花畑ができるんだよ、嵐のあとには。
乾燥が進んで、花畑が枯れたら、また雷雲を目指して走る。一直線に。
夏夜子は選んだ雷雲の先に、つかの間の花畑を見つけたはずだ。
ゴールデンウィークまであと少しという頃の、夜のニュースで、交通事故の犠牲者に夏夜子の名前を見つけ、オレは、混乱する頭の片隅でぼんやりとそんなことを思った。
そして花畑が枯れたから、夏夜子は、次の雷雲を目指して、一直線に・・・・・・
「走るのが速いのね、エミューって」
エミューは、時速70キロで疾走する。雷雲に向かって。
「でもチーターのほうが速いわよね、追いかけられたら逃げ切れないわね」
彼女は実につまらない感想を吐いた。
「オーストラリアにチーターはいないよ」
「わかってるわ。言ってみただけよ。ねえ、ダチョウとエミューはどっちが速いのかしら」
「知るかよ」
「なんだ・・・・・・つまらないの」
どうやら彼女自身もオレと同じ気持ちだったらしい。
「まあ、どうでもいい話だから、面白くはないよな」
夏夜子なら答えられたかもしれない、そんなことを思いながら、オレはキャラメル味のポップコーンを口の中に放り込んだ。