LOVE HOTEL
408号室のドアが開くと煙草と黴の匂いがした。棒立ちになった平松の脇を抜けて部屋に入る。薄いピンクのシーツがかかったダブルベッド。壁はスカイブルーで、白い雲が描かれている。わたしは靴を脱ぎ、柔らかいベッドの上を歩く。枕元のカーテンを開け、スモークフィルムの貼られた窓を開けると、わたしの家が見えた。
二階の角の窓。わたしの部屋の窓。
帰れる場所なんて、もうないと思っていた。
次に帰った時、わたしはきっとあのカーテンを開けられるだろう。
メールが着信し、携帯を開いた。
件名は〈おかあさんだよ〉。何でメールだと東京弁になるんだろう。わたしは可笑しくなって、同時にまた少し泣きそうになった。
〈あっちゃんの子供が無事に産まれたよ 3300グラムの元気な女の子です 今度会いにきてね〉
携帯を閉じ、大きく息を吸った。
「よしっ、じゃ、行こうか」
「え、はい」
冷静な顔に戻った平松が、背筋を伸ばす。わたしはベッドを飛び降り、もう一度窓を振り返って思う。
さあ、わたしは、わたしになろう。
作品名:LOVE HOTEL 作家名:新宿鮭