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欲龍と籠手 中

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第6章 クロイモリ
エルコットは井戸の前に立っていた。

エルコットは井戸の横に左手をかざす。
略奪の小手から金貨があふれだし瞬く間に、井戸の横に金貨の山ができあがった。
エルコットはひざまずくと両手で金貨をすくい、次々に井戸に投げ込んでいった。

金貨をすべて井戸になげむなと、エルコットは膝についた砂を払って立ち上がった。

「喜べ。相棒。もうすぐ。お前の集めた金が井戸の水を埋め尽くすぞ。」
井戸の中から重々しい調子で声は言った。

「そうか。クロイモリ。お前と出会ってから5年。ついにここまで来たのか。」
エルコットは井戸の精クロイモリと出会った5年前のことを思い出した。

5年前、雨の降る母の葬儀の日に井戸の精は自分に問うた。「お前は何がほしいのか」と

その時の俺はできることなら自分の母親を生き返らして欲しいと井戸の精に願った。
井戸の精は言った。
「不可能じゃないぜ。坊や。だがな、願いにはそれ相応の対価が必要なんだ。」

「対価?」
まだ世の中をよく知らなかったその時の俺は首をかしげた。

「分かりやすく言えばな、お代金のことさ。たとえばな、パン屋でパン一つ買う時に、銅貨一つ渡すだろ?また、坊やがパン屋で一生懸命働いたら、お金がもらえる。それはあらゆる事や物には、それ相応の価値があって、何かを手に入れるためには、それに見合ったお代金を払わなきゃならないのさ。一生懸命働けば、それに見合ったお金をもらえる。そのルールが守られないとだれでもがっかりして、働きたくなくなっちゃうだろ?そうならないように仕事に見合った対価は払われなくちゃいけない。」

自分はこくこく、うなずいた。
そのころ自分が手伝いをしていた工場の経営者は、俺が蒸気の吹き上げる窯場でいくら危険で汚い仕事をしても、機械の隙間に手を突っ込んで油塗れになっていても、足下を見て雀の涙ほどの金しかくれなかった。
そのくせ、その男は大きな屋敷に金貨をため込んで、勝手気ままな暮らしをしていた。
仕事に見合った対価を払わなくてはいけない。
俺は深く共感した。

すると、俺はある疑問がわきあがって質問したくなった。
「もしも人の命をよみがえらせるなんて仕事を頼んだら、その対価は俺には到底払えないくらい高いものなんだろうね?」
自分はおずおずと聞いた。
井戸の精は少し声のトーンを落として言った。
「そうだな。人を蘇らせるっていうのは、そうとう難しい仕事ではあるからな。お代は高いよ。」
俺は期待がしおしおと折れていった。
井戸の精は少ししゃくりあげるような調子で話しだした。
「それ以前に、人を蘇らせるってのは人の命に値段をつけるようなことでもあるからな。まして坊やの大切な人だろ。俺はね。どんな高い値段をつけても申し訳ないと思うだろう。むしろ値段なんてつけられないだろうね。坊やにとっては値のつけようもないかけがいのないひとだから。」
井戸の精の言葉に自分は少し嬉しくなった。このころ、俺に対してかあさんのことを値のつけられないくらいかけがえのない存在だと言ってくれた奴はほかにはいない。

「だが、そうだな。さっきの対価の話に戻せば。人を一人生き返らせるにはこの井戸の水を埋め尽くすくらいの金貨が必要だな。これは神様の決めたルールだから、俺にはどうにもならない。」
それを聞いた時には目の前がまっくらになった。
こんな底が見えないほど深い井戸を金貨で埋めるなんて不可能に思えた。

井戸の精はどうやらその様子を察したらしい。
「心配しなさんな。誰だっていきなり大きな願いを叶えるのは無理だ。だが、少しづつ時間をかけて金貨を貯めていくというのはどうだろう?つまりは積立というわけだ。」
「積立?貯金みたいなもの?」
「坊やは賢いな。積立はなにかほしい物が高くて手が届かないとき、瓶とかに小銭を貯めるのに似ている。俺は大きな貯金箱と思ってくれていい。」
この井戸が大きな貯金箱…
願いを叶えるための…

「ただし、俺はただの貯金箱じゃない。銀行に似てるかな。坊や、利息って分かるかい?」

「知らない。」
利息とはどこかで聞いたことある気がしたがよくわからなかった。

「利息っていうのはな。坊やが俺にお金を預けてくれるだろ。そしたら、俺はその預かったお金をうまく使って、お金の価値を増やすわけだ。それで、増えたお金の価値を預けてくれたお礼として坊や渡すわけだ。すっごく簡単にいうとな。」

「お礼をくれるの?お礼をしなきゃいけないのは俺じゃないの?」
おれはわけもわからず聞き返した。
「金を預けてくれる人間にお礼をするのは、神の決めたルールだからな。」
願いを叶えてくれる手伝いをしてくれるうえにお礼までくれるのか?この井戸の精という奴はなんていい奴なんだろう。
「お礼ってなにがもらえるんだい?」
俺は目を輝かせて聞いた。
「人間の世界で利息は預けた金を何割か増やすことだが、俺の場合はちがう。もっといいものをお前にやる。知りたいか?」
井戸の精は焦らす。
「教えてくれよ。」
「龍の力だよ。」
ゆっくりとした調子で井戸の精は言った。
「龍の力…」
俺はオウム返しに井戸の精が言った言葉を繰り返した。
井戸の精は語気を強めた。
「地を裂き、空を統べる龍の力。その一部をおまえにやろう。お前の今の境遇をひっくり返せる力だ。もう周りの連中に侮られ、バカにされることはない。さぁ、金貨を集めろ。エルコット!お前には俺がついている。」

俺はそれから、金貨を手に入れるために盗みに手を染めるようになった。
かあさんを生き返らせるため。自分やかあさんを散々侮って、へらへら笑っている連中に思い知らせてやるためだ。
最初のころこそ、盗みに少し抵抗があった。
自分はなんてことをしているんだろうとときどき思った。
寝ているときに警官に取り押さえられる夢を見て、飛び起きたこともあった。
しかし、しばらくすると何も感じなくなった。
金貨を集めれば集めるほどに体に満ち溢れてくる龍の力の高揚感がすべて忘れさせてくれた。
とにかく、毎日が楽しくなってきた。
盗みを重ねるごとにどんどん自分の経験値が上がり、自分のレベルが上がっていくという実感が実に爽快だった。
鉄を曲げられるその握力で自分を侮っていた相手、自分よりも強い相手をねじ伏せたときの優越感は胸のすく思いだった。

数年が経つと、カビ臭い蒸気の街に、かつて劣等感にさいなまれ、人の目ばかりを気にして自分の欲望を押し殺していた俺はもうどこにもいなかった。
そのかわりに、赤い翼で空を駆け、情け容赦なく金を奪う。貪欲な一匹の龍がこの街に住みついていた。

「もうすぐ、かあさんを生き返らせてやれる。」
俺はぽつりとそうつぶやいた。

第7章 天使と悪魔
アンジーは瞼をゆっくりと開けた。

自分はどうなったのだろう。たしか、自分は拳銃で撃たれて、3階建のビルから転落し、川に叩きつけられたのではなかったか。
最後に川の中にいたことは覚えている。
なぜか自分はベットの上にいるようだ。
もしかして、助かったのか。
アンジーは首だけを動かして、辺りを見回す。
ベットの向かいには本棚や机が置いてある。
それ以外には対した家具もない簡素な部屋だ。
作品名:欲龍と籠手 中 作家名:moturou