欲龍と籠手 上
「そのとおり。あんなに強い奴とまともに戦っても敵いっこないからね。人間頭を使わなきゃ。この街の盗賊さんたちはエルコットにいつもギタギタにやられてるから、今日こそ借りを返してやるって意気込んでたよ。さすがのエルコットも橋のアジトに詰めかけた盗賊連合軍が相手ならただじゃすまないでしょ。」
「それで、奴らが疲れてきたときに俺たちが絶妙のタイミングで籠手をいただくって作戦だな。」
「その通り。さて、そろそろ時間だ…」
アンジーは時計を懐から出して眺める。
時計の長い針が頂点に達し、短い針が今まさに九時を指した。
それと同時に橋の下ですさまじい音がして爆炎が上がった。
辺りが急に明るくなる。
盗賊たちはエルコットを葬り去るためにアジトの中にしこたま爆弾をしかけていたらしい。
アンジーは不安そうな顔をする。
「どうなった?籠手ごと木っ端微塵じゃ。もともこもない。」
「おい、見てみろあれ!」
ウォーレンが煙の中を指差した。アンジーは双眼鏡をのぞき見る。
煙の中から、赤い翼が飛び出して、空に舞い上がった。
「お!やった。よかった~。生きてた。」
エルコットが橋の上に着地をしたのが双眼鏡ごしに見えた。さすがのエルコットも大爆発に巻き込まれたダメージは相当のものと見受けられて、エルコットは苦しそうにしているように見えた。
橋の上を黒い人だかりが集まってきた。そろいもそろって人相の悪そうな男たちばかり。この街の盗賊連合軍に違いない。
手に武器を持ち、エルコットを囲んでいる。
男たちはエルコットに向かって、何か大声で喚いている。今日がお前の最後だとでも言っているのかもしれない。
男たちはなにやら雄たけびを上げて、エルコットに向かって行った。
橋の上は大乱闘になる。
まずエルコットは翼で迫ってきた男たちをなぎ払い。舞い上がった。
エルコットは翼を軽くはためかせて、橋の鉄塔に登る。そして、ダイブ。
盗賊たちは橋の鉄塔から急降下してくるエルコットにむかって銃を乱射する。
エルコットは紅い翼をまとい巨大な弾丸の如く降下してくる。エルコットの固い鱗に覆われた翼はいくら撃たれてもびくともしていない。
地面すれすれで翼を開き銃弾の雨の中を縫うように滑空して相手を翻弄している。
盗賊たちは突っ込んで来たエルコットの飛び蹴りで蹴散らされ、鋭い爪の一撃で打ちのめされていく。
アンジーもウォーレンも軽くその姿を追うことに夢中になっていた。
アンジーは1人で実況中継をしている。
「おっと、エルコット。今度は髭のおっさんの残り少ない髪の毛を鋭い蹴りで刈り取った!これは鋭い攻撃です。おっさんは放心状態。お、おっさんたちにも新たな動きだ。通りかかった運の悪いドライバーから2台の車を強奪して?次はどうする?おっ、エルコットが銃撃に気を取られてる隙をついて、フルスロットルで挟み撃ちだ!奇襲攻撃にこれは流石のエルコットもダウンか?」
「お前は一体どっちの味方なんだ?」
ウォーレンは呆れた目でアンジーを眺めた。
アンジーはお構いなしで実況を続けている。
「エルコットもさっきの攻撃はずいぶん効いたようだ。だが、しかし!なんとエルコット再び立ち上がる!さすがにタフだ!おっと、ここでエルコット、舞い上がり、なんと巨大な大砲を略奪の籠手からだした!」
エルコットは巨大な大砲を橋のど真ん中に何発も撃ちこんだ。
橋がぐらぐらと揺れ、真ん中からひびが入り、ガラガラと崩れ出しはじめた。
「おっ!おっさんたち橋を壊されて足場を奪われた。これはおっさんたちの大量失点。翼を広げてエルコット!颯爽と飛んでゆきます!おっさんたちになすすべなし!これはゲーム終了か!」
アンジーがそう叫んだ時だった。
「そりゃ、お前達のことだろ?ゲーム終了ってのは?」
突然、後ろから声をかけられて、二人は後ろを振り返る。
そこには長距離専用のライフル銃を担いだ男達たちが数人立っていた。
その撃ちの一人は小型のピストルを手に持っている。
見るからに人相の悪い男達だ。
ウォーレンとアンジーは橋の様子を眺めるのに夢中でビルの屋上に男達が上がって来るのにまったく気がつかなかった。
「おまえたち、俺たちの仲間の不幸を高みの見物とはいいご身分だな。おまけにご親切に実況中継してくれやがって。」
男の一人は軽蔑するような薄笑いを浮かべている。
「とんでもない。そんなともりは」
アンジーは弁解しようとするが、男は聞く耳を持ちそうにない。
「エルコットの野郎をココから狙撃してやろうと思ってたが、逃げられちまったとはな。残念だ。それならしょうがない。作戦変更だ。うさばらしだ。あんにゃろうの代わりにお前らを痛め付けることにしよう。」
次の瞬間、一発の銃声がビルに響いた。
「うっ!」
アンジーは左の脇腹に焼けるような痛みを感じ思わず呻き声をあげる。
「アンジー!」
異変に気付いたウォーレンがアンジーの名前を叫んだ。
一瞬、アンジー自身にも何が起こったのかわからなかった。
ただ、脇腹にもうひとつ心臓ができたように熱くて、鼓動がドクドクと脈打つ。
アンジーは脇腹を押える。なんだか、目がかすんでくる。
自分の脇腹を押さえる手を見ると真っ赤に染まっていく。
うそだろ。自分がまさか撃たれるなんて。
そのうち、その場に立ってさえいられなくなる。
やめろ。血なんて。出るな。出てくるな。
いくらアンジーが念じても血が流れるのは止まらない。
アンジーはよろよろと後ずさりした。
止まれ。止まれ。頼むから止まってくれ。
気づけば、アンジーはビルの縁に立っていた。
フェンスのないビルの屋上はもたれかかるものはない。バランスを崩したアンジーの体は宙に投げ出された。
なんだか、アンジーは急に体が軽くなるのを感じる。
ウォーレンがビルから身を乗り出して、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
なんだか、体がたよるものもなく胃袋を掴まれた感じがして気持ち悪かった。
数十秒後、アンジーは頭から川の水の中にたたきつけられた。
耳をつんざくような水しぶきの音が響く。
アンジーの目の前が気泡に包まれる。体が冷たい水で体温を奪われていく。アンジーの意識は徐々に薄れて行った。
アンジーの体は川のうねりにされるがままになり、下へ下へと流されていった。