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ポップコーン

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私が『Mちゃん』という女の子を知ったのは、小学校3年生の時だった。

 Mちゃんとご近所だというのも、この時初めて知った。驚いた。
 その時の一番の仲良しは割と社交的な女の子で、私が知らない子と仲良しだったし、私にも色んな子を紹介してくれたから。
 彼女が知らない女の子と友達になるのは、これが初めてのことだった。

 私がMちゃんと友達になったと、その子に話したら「ふうん……」と神妙な顔つきで頷いた。私が知らない子と仲良しになったのが気に入らないのかな?と思ったのだが、その子との付き合いも変わらないままだったので、良かったと思う。
 ただ今になって気付く事は、その子とMちゃんは絶対に遊ばなかった事だ。
 私がMちゃんを連れてくれば一緒に遊ぶが、彼女の方からMちゃんを遊びに誘う事はなかった。Mちゃんも同じだった。

 Mちゃんと私は一緒に登下校をした。
 Mちゃんはあまり自分から話さない方だったし、私は昨日見たテレビやマンガや兄弟とのやりとりを一方的に話してばかりだった。
 私が話すとりとめのない話を、Mちゃんはいつも笑って聞いてくれた。

 学校へ行く道の途中にMちゃんの家があったから、迎えに行くのは私の方だった。
 Mちゃん家は車庫と家が一体になったような面白い作りで、私はいつもMちゃん家の車の横を通って玄関を開けていた。
 「おはようございまーす」と声をかけると、奥から「はーい」と返事が聞こえる。しかしなかなかMちゃんは出てこない。仕方ないので、玄関の上がり口に腰を下ろしMちゃんが来るのを待つのが習慣になっていた。

 時々玄関を開けると、何かを焦がしたような良い匂いがしていた。始めは何だろうと疑問に思っていたのだが、ある朝その疑問が解けた。
 「いつも待たせてごめんなさいね」そのとき初めて私はMちゃんのお母さんを見たと思う。髪が長く、頼りない感じのお母さんだった。
 お母さんは透明なビニールに入った、白くて暖かい物を私にくれた。「ポップコーンよ、良かったら食べて」そう言って部屋の奥にひっこんだ。
 このとき始めて『ポップコーン』というお菓子を見た。恥ずかしい話だが、私はこの時までポップコーンというお菓子の存在を知らなかった。
 ビニールの口を開けると、時々玄関に香るあの匂いの正体がこれかと納得した。
 しかし困った問題がある。今は朝で、これから学校に行こうとする者がお菓子を食べていい物だろうか……?
 悩みに悩んで、食べないのも悪かろうと、私はポップコーンを1つか2つ口にほおり込んだ。

 おもったよりパサパサで、味が無い……ポップコーンの第一印象がそれだった。
 なにより口の中に残る何かの皮−−コーンの皮だと今ならわかる−−が魚の小骨のようでなんだかいやだった。
 慣れないお菓子をもてあましていると、ようやくMちゃんが玄関にやってきた。
「ポップコーンおいしい?朝お母さんが作ったの」まさか不味いとも言えず、私は曖昧に頷いた。
 そのとき残ったポップコーンはどうしたのか覚えていない。学校に持っていった記憶はないので、多分Mちゃんに返したと思う。

 それ以来、私はその家の玄関でポップコーンを食べた。Mちゃんが来ない時間を埋めるように、私はあまり好きではないお菓子を食べ続けた。

 ある日そのポップコーンは、大量に作られる事を知った。それを作るため朝食が遅くなり、ついでにMちゃんの支度が遅れるというパターンになるらしかった。
 子供心に「変なの」と思ったが、よその家の事なので黙っていた。

 ある日私の母親が「今日、Mちゃんのお母さんが家に来たわ」と教えてくれた。私が「何しに?」と聞き返すと、お母さんはちょっと変な顔をした。
 「宗教の勧誘。でも断った」
 宗教……と聞いてなんだかイヤな感じがした。なんだか知らない内に悪いことをしていた事に気付かされたような気がした。
 家の周辺はそういう新興宗教の支部がいくつかあり、勧誘の人が家にやってきて母親が対応する姿を時々見ていた。
 母親のすげなく断る姿を見て、宗教の勧誘はイヤな事なんだとなんとなく刷り込まれていた。
 母親にイヤな思いをさせてしまった……すっかり無口になってしまった私に母親は笑ってこう言ってくれた。
「Mちゃんはお友達でしょ。遊んだっていいんだよ」
 そのままMちゃんとは小学校を卒業するまで一緒に登下校し、遊んだ。

作品名:ポップコーン 作家名:asimoto