面影リグレット 【お題:面影】
七月二十二日
半ば当たり前のことではあるが、僕は今日も高校へ登校する。いつも通りの通学路だが、いつもより気持ちは晴れやかだ。思わずすれ違った人に挨拶などしてしまった。
学校が見えてくると校門にアイツが立っていた。赤みがかった髪に、不良チックなファッション、星形のピアスに太極図風のネックレス。
「よお、安倍。もしかして僕を待ってたのか?」
「まあね。その後何もなかったか、早いとこ確かめたくてさ」
「別に何もなかったぜ。それより、昨日はありがとう。さっさといなくなりやがって、感謝し損なったじゃねえか」
「ははは、あのタイミングで消えた方がカッコいいじゃないか。しかし、《面影》なんていう初歩の初歩って感じの物の怪を調伏するのに僕が直接出向くことになるとは、キミも厄介な性格してるよ」
「お前、何で小夜の墓の場所知ってたんだ? ていうか、最初から来るつもりだったのか?」
「キミは彼女の存在を認めていなかったくらいだ。どうせ本当の気持ちなんて言えないと思ったのさ。だからヤバくなったらボクがキミの目を覚まさせてあげようと思って、こっそりキミを尾行してたんだ」
「……ちぇ。なんか面白くねぇな。全部お見通しかよ……」
やはり、安倍は全部見通していた。僕が失敗しかけるところまで読んでいたのだった。
ここでふと、気になっていたことがあったのを思い出した。
「そういや、約束だ、お前の正体を教えろよ。何でお前は小夜が見えていたんだ? あれは僕にしか見えないと思ってたんだが」
「あぁ……。何てことない。ボクの家系はそういうのに強いんだ。死霊、生霊、邪気、妖怪、魑魅魍魎。いわゆる物の怪と呼ばれる存在。そういうのを調伏するのがボクの家系の代々伝わるお仕事」
「…………マジでそんな仕事があんのかぁ?」
何て訝しい職業であろう。しかしながら、昨日まで悩んでいた事柄を鑑みると、不思議なことに案外信用できそうである。
「昔は、あー……昔と言っても平安時代くらい前まで遡るけれど、陰陽師と呼ばれる役職があった。明治以降はその名はすっかり廃れたけどね。その陰陽師の恩恵に預かって、現代に残る怪奇事件を解決する? みたいなもんさ。平たく言やあ、エクソシストってやつかな。ただ、一般人には頭がオカシくなった風に見られがちだから、ボクらは普段お坊さんやったりしてるんだけどね」
「陰陽師!? お前、安倍って、まさか! あの有名な安倍晴明(あべのせいめい)の末裔なのか!?」
「いやあ、まさか。ボクの祖先は、その有名な安倍晴明の名前にあやかって安倍と名乗った、祓い師に近い陰陽師だよ」
「……へえ……。なんか、いろいろ驚いたけど、結局フツウの高校生かよ」
「これでも、この道ではボクは高名な祓い師だけどね」
そんなことを話しながら僕たちは教室へ向かっていた。
「なぁ、安倍。小夜は成仏したのか? 僕の想いは……彼女に届いたのか?」
ふと心配になり、僕は安倍に訊いた。
「……真田クンはホント、バカだよな。成仏なんかしないったら」
「…………は?」
思っていたのと違う安倍の言葉に、僕は思わず立ち止まった。
「真田クン、何度も言うが、小夜チャンは怨みなんかなかった。怨みのない人間が化けて出るとでも思うのかい? わざわざキミの告白を受けるために化けて出るなんて、そんなお節介な霊なんていない。最初から小夜チャンは成仏してたんだ。キミは彼女が死んでから、ずっと自分を責めていた。そんなキミを怨むなんてことしないよ」
「……じゃ、じゃあ……昨日まで見ていた小夜は……一体?」
急な話に、うまく息が出来なかった。話が読めない。
「いいかい? キミが見ていた彼女は《面影》っていう物の怪だ。特別な存在、大切な存在を失い、残された者が、その想いの強さ故に心の中の大切な人の『面影』を見るようになってしまう。正確には物の怪が残された者に取り憑き、取り憑かれた人は物の怪の姿を見るようになってしまう。しかし、その見え方は人によって違う。心の中の想いが反映するからね。真田クンの場合は普通とは違って小夜チャンの存在を認めてなかったから顔が見えないっていう例外的状況になったんだけどね」
「……な、なんだって? な……んだよ、それ」
何ということだ。それじゃあ、僕は勝手に空回りしていただけか?
それじゃあ彼女は――――
「――あれは小夜本人じゃなかったのか?」
「そう。あれはただの《面影》だ。何でもないただのキミの記憶の一部。それを《面影》と呼ばれる物の怪がキミに見せていただけ。ボクからしたら滑稽な見世物さ……」
そう言って安倍は至極冷ややかな、冷酷な目をこちらに向けた。
――――何だ、これは。僕はコイツに、安倍等含に遊ばれていただけなのか。
そんな――そんなことって!!
「……と、言いたいところだが、ちょいとそうはいかないんだな、これが」
「…………え?」
「いやさぁ。ボクは《面影》について割と詳しく知ってる。なんせ、現代の憑き物騒ぎのほとんどは《面影》か、その親戚みたいなもんだからね。……で、《面影》というものは姿を変える。……だが、喋れないんだ。いや正しくは、応えられない。だって、全部取り憑かれた側の心の投影なんだもん。《面影》の目的はキミのやり残した想いを解消すること。《面影》はある意味、良霊なんだ。《面影》はキミの心から小夜チャンの姿を借りて具現化した。だが、それだけだ。声や喋り方や記憶は、姿を現すために必要ない。キミの言葉に応答する必要もない。キミが言えなかったことを言って、納得がいけば《面影》の物の怪としての使命は終わりなんだから」
安倍はピアスを人差し指で弾きながら、そう話した。
しかし、だとしたら――――
「で、でも! あの時、小夜は僕に『ありがとう』って応えてくれた。声だって、小夜の声だった!」
「それだけじゃあない。キミのことを『夏樹』と呼んだし、笑顔を見せたりした。記憶のないはずの《面影》が……だ。実を言うと、僕はその予想外の展開にヒドく動揺しちゃってさ。家に帰ってずっと考え込んでいたんだ。そんで、結論を出した」
「結論……!! 何だよ、結局、どういうことなんだよ!」
僕は声を荒らげて安倍に迫った。
「喋る機能のない《面影》が話し、声と記憶を持つ、それは有り得ないことだ。……もし、本物の小夜チャンがキミの《面影》に干渉しない限りは……ね」
そう言って、安倍は口角を全開に上げて笑顔を浮かべた。
「それって、つまりどういうことだよ?」
「あー……真田クン。ボクはこんななりだが高名な祓い師なんだぜ。古き教えに無い事例を認めるなんて、完全完璧絶対主義者のボクには身を切るような行為なんだ。ボクにそんなこと言わせるなよ」
安倍は困ったような表情で赤茶けた髪を掻き上げた。
安倍の言葉はつまり、《面影》が最後に僕に対して言った「ありがとう」は、本物の小夜が発した言葉だというを意味していた。
安倍は最後まで僕を滑稽だなんて思っていなかったんだ。コイツは小夜の存在を僕に示してくれた。
だけど僕は「バカだから」、安倍に反発してやった。
「……安倍、言葉にしなきゃ伝わんないこともあるんだぜ。人を弄びやがって、なんにも言わないつもりか? え?」
作品名:面影リグレット 【お題:面影】 作家名:raki