TheEndlessNights(1)
周囲を見回した弥月の目に映ったのは、一斉に自身を見やる周囲の数え切れない生徒諸君の視線だった。
信じられないのは何も弥月自身だけではなかったようだ。
単純に弥月に負けた事を悔やむ者も居るようだが。それ以上に多い何か粘着質でどす黒いオーラを無双は確かに感じた。
そっと耳を凝らすと、囁く様な声が周囲から聞こえる。
(あの凪原さんと、あの凪原さんと)
(なんであんな奴が三笠様と一つ屋根の下でお勉強会なわけ、許せない)
(ひと夏のアバンチュール、凪原さんとアバンチュール)
(私は必死で勉強したのに、三笠様の為に勉強したのに、悔しいビクンビクン)
(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺こんくぁwせdrftgyふじこlpwww)
「ひぃ…ひぃぃぃぃいい!?」
弥月は聞かなければよかったと後悔した。
そう、彼が感じたオーラの正体は即ち嫉妬のそれだった。
名物行事が名物たる所以のもう一つ。
その理由が、この行事の常連メンバーである、凪原聖、三笠晴樹の両名であった。
非公式ファンクラブまで存在し、男子生徒は元より女子生徒の支持者、いや、信者も数多い。学園のマドンナ、凪原聖。
頭脳明晰、品行方正、おまけにイケメンで、家が某企業の代表という天と女に愛されまくっていると噂の男。現生徒会会長、三笠晴樹。
その両名と夏休み中、顔を付き合わせる等、一部、どころか大分の人間からすれば夢のような環境だ。
更に、この二人と共に観光まで出来るとあれば。
それを欲する生徒が少ないばかりか、これの為に勉強する生徒は多い。
そして、その夢の権利を手にしたのは、よりにもよって。
成績、下。運動、下。ルックス、下。の3G。まるで最新携帯かのような名を思うがままにした男。無双弥月。
これは、どう考えたって、不服だろう。逆の立場なら弥月だって同じ様な感情を抱く。
まずい、これ以上の顰蹙はクラスでの孤立を通り越して、糾弾、下手を打てば晒し首だ。
もうこの首、いっそ綺麗に洗って置いた方が建設的な気さえする。弥月は自身の不幸を呪った。もう、今朝から呪いっぱなしだ。
そんなこんな思いつつ、実際に自身の首をおいそれと差し出すのは真っ平だ。今は周りを刺激しないように、なるべく静かに朝礼の終了を待ち。人ごみに紛れて講堂を脱出しよう。
そう思った矢先の事だった。
「わー、やったね弥月!これで休み明けには弥月も一歩大人ってわけだ!」
場が凍りついた。時の流れが止まるのを弥月は初めて知った。
究極のスタ○ド能力を発動、もとい、問題発言をした傍らにある友人を弥月は遠い目で眺める他なかった。その視界に映る裕也の屈託のない笑顔はとても眩しいものだった。
(裕也、お前って奴は……絶対、わざとでしょ?)
この様な状況をなんと言うんだったか。そうだ、嵐の前の静けさだ。
『むっ…むそぉぉぉぉぉうぅぅぅううううう!!貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!!』
やがて間を置かず、嵐は遣ってきた。
まるで生徒が津波のように弥月に一斉に襲い掛かる。四方八方、上も下も弥月に逃げ場はない。
「ひぃっ!?ちょ、ちょまっ!助けてくれ裕っ…!?」
傍らの友人に助けを求めるべく、振り返った場所には、既に友人の姿はなかった。よく見れば、押し寄せる生徒の合間を縫って逃げ出す友人の背中が確認できる。
汚い、流石忍者大好き新辰裕也、汚い!
唖然として視線で友人を追い続ける弥月と、ふいに振り返る友人裕也との目が合った。
その顔は先程と変わらず笑顔であったが先程までの純粋さは消え去り、そして、その手には、グッっと力強く親指が立てられていた。「ガンバ☆」とでも言いたげに。
は、嵌めやがった…。
「ぶ、ブルータス!お前もかぁぁぁぁぁ!?」
やがて、その声は暴徒と化した生徒たちの怒号に飲み込まれて消えていった。
『あー、そこの生徒達、静かにしなさい。もう少しで集会終わるからねぇ、うん。それでは、皆さん、よい夏休みを』
夏季休暇前の全校集会はこの校長の言葉で幕を閉じ、そして、夏休みが幕を開ける。
しかし、無双弥月の意識の幕が開けるのは、ここからしばらく経ってからの事になる。
作品名:TheEndlessNights(1) 作家名:卯木尺三