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TheEndlessNights(1)

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7/20/Noon



「本日二度目のおはようね。気分はどう?」
「すこぶる悪いですよ…特にメンタル面が、もう一眠りいいですか?」
駄目よ、と言われ渋々体を起こした弥月の目に入ってきたのは白く波打つ景色だった。よく見ればそれがカーテンである事はすぐに理解できる。
ここは学園の保健室、言わずもがな体調不良等の生徒の応急処置用に用意された部屋で、三台ほどのベッドが設置され、それぞれがこのカーテンによってのみ間切りされている。
この学園に入学してから二年と少しの間に弥月も何度か世話になる機会があり、自身の意識が途切れる前の記憶と合わせれば、ここがどこなのかはすぐに察しが着いた。
「無双君って嫌われ者だったのね?クラスメートほぼ全員から意識が飛ぶまで暴行を受けるなんて、相当なものよ?」
傍らには簡易椅子に腰掛ける凪原聖の姿があった。一応、弥月の意識が戻るまで様子を見ていてくれていたようだ。しかし、その棘まみれの言葉とからかう様な笑みには、当然弥月は納得いかない。
「誰のせいでこんな目にあったと思ってか!!」
「まぁ、人払いって意味では結果オーライって所かしら」
「??」
全く、かみ合わない台詞に弥月の糾弾の言葉も次がなくなる。人払い?
それが何を意味するのか思案する前に、弥月の目に彼ら以外の人影が入った。
初夏の温まった風が保健室に舞い込み、カーテンを揺らす。
その白い波間の隙間から、その姿を垣間見る。
嗚呼、成る程、そういう事か。弥月は先の聖の言葉を理解し、口を開いた。
「あぁ、悪魔って、あんたの事だったんだね」
「?…なんの事です?」
人影が答えた。
寄せて返すような白い波、それをまるでどこかの預言者の様に真っ二つに割って姿を現せたのは、確かに弥月にとって見れば意外な人物であった。
「ここの生徒は、化け物だらけって事ですかね?生徒会長?」
「いいや、今の所は君と彼女、聖君の二人だけですよ。僕は正真正銘、人間です」
その笑みは、まるで愛想という仮面が張り付いているように見えた。そして、それ以外の感情が読み取れない。
居心地が悪い。少なくとも弥月はそう感じた。
この学校の人間なら誰もが知っている、先にもご登場した現生徒会会長。
「三笠晴樹だ、改めてよろしく、無双君」
そうだ、この笑みに隠し切れない瞳の冷たさ、声に含んだ機械の様なそれ。覚えがある。
いや、なんで思い出せなかったのだろう。
「アンタが、俺を化け物にしたんだな?」
瞬時にフラッシュバックする、夢だと思っていた光景。そして、この声。
『その刀に心臓を捧げろ。無双弥月』
胸を貫かれたあの赤い光、痛みと熱。そして、赤い、雫。
弥月は、無意識に胸を強く押さえ、一瞬の内に訪れたそれを制するために記憶を遮断した。
その様子を見た三笠晴樹は、能面のように張り付いた笑顔を引き剥がし、まるで感情のない人形のような顔で言葉を紡ぎだす。
「的外れな事を言う。化け物に『成った』のは誰でもない、お前自身だ無双弥月」
「ふざけっ!?」
興奮して、ベッドから飛び出そうとする弥月の胸に手をやり聖が制した。
「残念だけど論議なんて無駄よ無双君。どう考えたって公平じゃない二者択一を迫らせ、結果、自身の選択のように意識誘導する、彼の常套句よ」
「…凪原さん」
諦めを孕んだその言葉に、弥月は悟る、やはり彼女も自身と同じなのだと。
そう思うと弥月に次の言葉などなかった。
「朝にも言ったわよね。どんなに不利な選択だとしても、確かに選んだのは私たち自身よ。安らかな死を私は望まなかった、あなたは?」
「俺は……」
「死よりも、恐ろしいモノから逃げたかった。その為に、もっと恐ろしいモノに手を出したことになど気付かずに」
晴樹が話しに割って入った。
その声には相変わらず感情の起伏などというものはない。
機械的で形式的で、そして何より冷たい。
「お前が、心臓を捧げた剣は妖刀、又の名を羅刹と呼ばれる曰くの剣だ。古くは平安から退魔を生業にしてきた俺の家系に代々伝わってきた神仏をも殺傷し得るとされる呪具の一つだ」
「退魔?」
「そうだ、昨夜お前を襲ったあの化け物、アレが『魔』だ。妖魔でも妖怪でも悪魔でも人外でも何でもいい、人の天敵、人類の敵、災厄、そういった類の連中と人命や覇権、其々のモノを賭け人知れず争いを続けてきた人間。それが退魔の一族等と呼ばれる俺達の様な人間だ」
「魔…」
弥月は反芻するように口に出して飲み込んだ。
あの恐ろしい女の姿を思い出す、見た目はまるで人間のそれと同じなのに、易々と人の胸を刺し貫き、嬉々として命を弄ぶ。まさに化け物、悪魔の所業のようだった。
『どこまでも一緒に逝きましょう、どこまでもどこまでも夜の中を』
あの言葉を思い出す、背筋に冷たいものが走る。
「厳密に言おう、無双弥月。お前は選んだと同時に選ばれたのでもある。化け物にも俺達にもだ。強引な勧誘であった事は認めよう」
「……」
「その上でお前は『俺達』を選び化け物を拒絶した」
「わかってる」
「…迷い続ければ、死ぬ、いやもう死んでいるな。無双弥月という存在はこの世から消えてなくなる」
化け物女の胸を貫いた時の事を思い出す。貫かれた直後、女は赤い液体になって消えた。
その映像が弥月自身と重なる。赤い染みになって消えていく自分、感覚も、感情も、記憶も、そして体も残らずこの世から消える。
それは、とても恐ろしい事のように思えた。
「化け物も既にお前を『敵』として認識しているだろう。お前はもう選んだ引き返す事は出来ない」



時刻は夕刻、茜色の陽光に照らされた校舎は日が沈み始めたとはいえまだまだ暑い。
何より、午前授業日程の為、既に全校舎の窓は締め切られ、風を遮られた廊下はまるで蒸し風呂のようだった。
だが、そんな事も気にならない様子で、一人俯き加減に歩く弥月の姿がそこにはあった。
結局、その場での結論は出なかった。その間、色々な話を聞かされた。
三笠の家系は平安時代から化け物と戦い続け、この地域を守護し続けた家系である事。
弥月を襲った化け物は吸血種と呼ばれる、人を食料にする類の強力な妖魔である事。
一口に吸血種と括っても映画に出てくるような吸血鬼とは違い、ニンニクや十字架、陽光等は致命傷にはならず、種類よっては能力を制限する程度の効果しかない事。
死者である彼らは通常の生命定義から逸脱した存在であり、生殖能力がない代わりに自在に生者から仲間を増やす事。
そして、その妖魔がこの数ヶ月の間にこの地区で急増した事。
恐らく、最近ニュースを賑わせている『連続殺人や失踪』『毎晩上る満月』は発生時期から見てもこの吸血種が絡んでいるだろう事。
そうなれば、この地域に安全と呼べる場所や人間など何もない事。
そして、妖刀の事。
「俺は…」
元が、人間だから特に始末が悪い。晴樹はそう言っていた。
恐らく弥月が引っかかっているのは倫理観だと踏んだ上での発言だろう。
今がどうあれ曲りなりに一介の高校生。
自身の世界は一夜にして変わってしまったが世界の全てが変わったわけではない。
化け物とはいえ、人の形をし、人の言葉を解する存在を殺す事に抵抗がないわけはない。
作品名:TheEndlessNights(1) 作家名:卯木尺三