さんすくみ?
だけど、その永が俺を見るその瞳からその恋心が消えることはなかった。
それどころか、そんな永をずっと見ているうちに俺の中でも永に抱く思いが変化して行き、気がついたら、俺も永に異性に抱く様な思いを持つようになっていた。
最初はそんな思いを抱くべきではないと、自分の中で何度も否定をしていたのだが、年を取るにつれ、可愛い容姿から兄の円のように綺麗と言われるような容姿に変わっていく永を見て、気がつくと俺の理性は白旗を振っていた。
ただでさえ人に好かれる容姿を持ち、人懐こい性格をしている永だ。
10才の年の差があると言うことと親友の弟と言うことで躊躇しているうちに、知らない誰かに横から掻っ攫われる危険性だってある。
そう思ったら駄目だった。
永が高校を卒業するときに、自分の気持ちを打ち明けて、そのまま恋人として手に入れてしまったのだ。
……だけど……そのときにはすっかりと忘れていたんだよな……。
永を手に入れることはイコールで、小姑の円がついてくるって事を。
永を本当に目に入れても痛くないほど可愛がっている円は、俺が永と恋人同士になったことを知った瞬間、切れた。
「正伸(まさのぶ)の分際で、可愛い永に手を出しやがって!!」
と言いながら、思いっきり首を絞められたのは忘れられやしない。
マジで殺されるんじゃないかと思ったのだが、そのときは永が円を止めてくれたので、事なきを得た。
その時に永が
「正伸さんに手を出したら、兄ちゃんのこと嫌いになるからね」
と言ってくれなかったら、俺はそのあとも円から虎視眈々と命を狙われただろう。
今でも円的には俺と永が付き合っていることを許していないらしいのだが、それを言うと永に嫌われるので、永の見ていないところで俺に技をかけてくる。そして永がいるところではばれないように、ずっと沈黙を保っていたのだ。
だが今日になって、円が俺にしている仕打ちが永にばれた。
俺からは円にどういうことをされているか永に言うことはなかったのだが、円の態度でなんとなく感づいていたらしい。
で、そのことを指摘したら円が誤魔化そうとしたため、冒頭の『大嫌い』発言に繋がるわけだ。
大好きな恋人に兄が辛く当たるのだから、つい口から出てしまったのだろう。
だが、円が俺に辛く当たるのもわかるのだ。
だってそうだろう。
ずっと大事で可愛がっていた弟が、よりにもよって男に掻っ攫われたのだ。
誰だって、その相手をどうしてくれようかと思うはずだ。
まぁ円の場合は、綺麗な見た目を裏切った武闘派だから口ではなく先に手が出るため、俺も生傷が耐えないのだが。
だけど……そうだな。このまま二人を放っておくわけにはいかないか。
円を永に嫌われたままにしておくわけにはいかないし、永も慰めないといけないだろう。
俺はふうと深く息を吐いてから、リビングのドアのほうへと体を向けた。それを見て俺が逃げようとしたと思ったのか、非難の視線を投げてきた円に苦笑を返してから、ゆっくりと口を開いた。
「とりあえず、永のフォローをしてくる。
お前だって、このまま永に嫌われたままにしたくないだろ」
永が一番の円だ。俺の言葉にぐっと言葉を詰まらせると、しぶしぶと言った感じでゆっくりと首を縦に振った。
やはり、嫌われたままでいたくないらしい。
まぁ、当たり前か。大好きな人間に嫌いと言われたら、俺だって凹む。
「じゃぁ、ちょっと永のところに言ってくるな」
俺はそう言いながら軽く手を振ると、円のいるリビングを歩き、ドアに手をかけてから、そのままその部屋をあとにした。
2.
「兄ちゃんなんか大嫌いだ!!」
そう叫んでから、勢いよくリビングのドアを閉める。
ドアの隙間から真っ白になった兄ちゃんが見えたけど、知るもんか。
ただ、正伸さんをその場に残してきちゃったけど、大丈夫かな…。
僕は兄ちゃんよりも大事な正信さんのことを考えてから、いけないと首を横に振った。
僕のこれは兄ちゃんへの抗議の行動なのだ。正伸さんは心配だけど、このまままたリビングに戻ったら、兄ちゃんは僕が許してくれたと思うに決まっている。
だけど、僕にわからないように正伸さんに散々嫌がらせをしていた兄ちゃんには、多少思い知らせたほうがいいんだ。
そうしないと、僕が見ていないところでまた正伸さんに嫌がらせをするだろうし。
僕から見ても過保護すぎると突っ込みたくなるくらい過保護な兄ちゃんは、僕と正伸さんが付き合っていると知ったとたんに盛大に切れて、正伸さんの首を本気で絞めたのだ。
僕が止めなかったら、正伸さんが死んでしまうんじゃないかと思うくらい本気だったから、嫌がらせもかなりきつかったんじゃないかな。
正伸さんは、兄ちゃんは僕が可愛くてしかたがないんだから、このくらいの嫌がらせはしょうがないだろうと苦笑いをしていたけれど、兄ちゃんは僕から見たら人間凶器と言いたくなるくらい強いから、正伸さんも傷が耐えなかったと思う。
実際に、兄ちゃんにやられてすぐのときはうまく誤魔化していたけど、正伸さんの体にはかなりの数の青痣があるのだ。
全部、兄ちゃんがつけたものに決まっている。
なのに、心配をかけるからと正伸さんは僕に何も言わなかったのだ。
円は永が可愛くてしかたがないだけなんだから。
僕が兄ちゃんのしていることに気がついたときにそう静かに笑って、僕の頭を撫でてくれた。
兄ちゃんと僕の気持ちをわかって、そう言ってくれるから正伸さんはすごく優しいと思う。
だけど……だけどだ。
どんなに優しくても、兄ちゃんの攻撃を無言で受けるのは間違ってると思うんだよね。
それに、兄ちゃんも兄ちゃんだ。
父さんと母さんがいなくなって、それからずっと僕と2人で暮らしてきたから、僕が可愛くてしかたがないというのは僕から見てもすごくよくわかる。
だけど、僕が大好きな人が傷だらけになったらどれだけ僕が悲しむのか、と言うことがすっぽりと頭から抜けているのだ。
だから散々正伸さんを攻撃していたみたいだけど。
まぁいいや。
僕が大嫌いと言ったから、兄ちゃんもわかってくれるだろう。
わかってくれなかったら、また文句を言うしかないけど、兄ちゃんは僕に絶対に勝とうとしないから、いつかはわかってくれるはずだ。
僕はとりあえず頭の中でそう結論付けてから、ふうと息を吐いて自分の部屋へと入った。
そして、中にかけてあるコートを手に取ると、今度は玄関のほうへと向かう。
家の中にいたら兄ちゃんがいつ来るかわからないし、これは僕から兄ちゃんへの抗議の行動なのだ。家にいないほうがいいに決まっている。
リビング前を早足で通り過ぎてから、僕は玄関で手に持っていたコートを羽織り、そのままそのままドアから静かに抜け出した。
外に出てから家の前で、コートのポケットを探る。
せっかく出てきても肝心なものを忘れてしまっては、どこにも行けない。
そう思ってごそごそポケットを探ると、自分の指に財布と携帯の感触ともう一つ、キーホルダーの感触があった。
うん、忘れてないや。
僕は笑顔で頷いてから、そのまま階段を目指して歩き始めた。