イン・ザ・クローゼット
アレットがぱちんと手を打ち鳴らすと、そのとおり、とウサギ耳は拍手をした。
「あの辺りにいるって本に書いてあったから、汽車に乗ってね――帰りのチケットまで買って」
アレットは身を乗り出してウサギ耳の話を聞いた。こういう話は好きだった――学校で仲のいい友達と、だれとだれがキスしたらしい、といううわさ話をするよりも、もっと興味をそそられる。
「でも見つけられなかったんですよね? だって、チケットはわたしが使っちゃったから――」
「いいや、見つけたよ、ちゃんとね」
ウサギ耳はにっこり、実に人がよさそうなふうに笑って、アレットの手をぎゅっとにぎった。ウサギ耳の手はとてもあたたかくて、アレットはそのあたたかさよりも、むしろ自分の手が冷たかったことにびっくりした。一瞬心臓がどきんと跳ねたのを、アレットはその温度差のせいだと思いたかった。
「本にも書いてあった。僕の花嫁さんは、アレット、君だ」
アレット、と名前を呼んでくれた時、ウサギ耳はとても真剣な顔をしていた。やっぱりこの人、けっこうかっこいいんだわ。場違いにそんなことを思いながらも、アレットの心臓は勝手にとくとくと早い鼓動をきざんでいた。
これって――恋なのかしら、とアレットは思った。いきなり手の中に降ってきたウサギ耳からの告白と自分の感情に、アレットはまだ慣れていなくてとまどった。恋だとしたら、ウサギ耳は悪い人ではないようだし、彼の花嫁になるのもすてきなことかもしれない。
でも、とも思う。でも、アレットは妹たちを連れて家に帰るためにここに来たのであって、王子様とはもちろん、ウサギ耳と結婚するために来たのではない。妹たちだけを家に帰しても、ママンとパパは哀しむだろうし。
その時がたんと大きく汽車がゆれて、車掌がどこかで「お城ー、お城!」と乗客に伝える声がした。ウサギ耳ははっと我に返ったようにアレットの手をはなして、着いたみたいだね、と窓の外に目をやった。そのしぐさは、なんだかアレットから目をそらしているように見えた。
「行こうか、お嬢さん。妹さんが待ってるよ、きっと」
あまりにウサギ耳の態度が先ほどまでとはちがってひどくうろたえてしまったアレットの手を、今度は片手で彼はそっと取った。少し力をこめてアレットを立ち上がらせながら、ウサギ耳は苦笑いを浮かべて言った。
「さっきのは忘れてくれてかまわないよ、お嬢さん。それに――その方が、きっと君にとってもいいだろうからね」
「え、それはどういう」
意味なんですか、とアレットがたずねるよりも早く、二人は汽車を降りていた。
作品名:イン・ザ・クローゼット 作家名:みらい