雪のチルル
ろくさんはソファーにごろりと横になりました。すると、いつのまにか雪だるまがちょこんと部屋の隅っこにいるではありませんか。
「なんだ。おまえ。うちまできて」
「しょうがないよ。おいらの役目だもん」
「じゃあ言おう。わしの願いは死ぬことだ」
「そんなのだめだよ。もっと前向きなやつ」
「年よりは楽に死ねるのを考えるのが生きがいなんだよ」
「へんなの。お年よりは、子どもに夢とか生きる知恵を教えてあげるものじゃない?」
ろくさんは、そっぽを向いて寝たふりをしました。
「きっと悲しんでるよ。奥さん。ろくさんが嫌われ者で」
ろくさんは、雪だるまに心を見透かされたようで、どきっとしました。
「うるさい。でていけ」
ろくさんは、お酒の瓶を雪だるまに投げつけました。瓶は壁に当たって割れました。
冬も終りに近づきました。
ろくさんの願いごとをかなえられないチルルは、雪だるまの姿で、庭の隅っこにじっとしているばかりです。
「おいら、だめな雪の精だな……」
だんだん日差しも暖かくなって、身体が溶けはじめました。
チルルの目から涙がひとつぶこぼれました。
すると、雪の上に落ちた涙から、白い小さな犬があらわれたのです。
「きみは、犬のチルルだね」
チルルは雪だるまをはげますように、ほおをぺろっとなめると、ろくさんの部屋へ走っていきました。
そして、犬のチルルは眠っているろくさんの夢の中に入っていくと、ろくさんを奥さんに引き会わせました。
ろくさんは驚きました。奥さんはとても悲しそうな顔をしていたのです。
はっと飛び起きたろくさんは、窓から庭を眺めました。その目に映ったのは、なにもない寒々しい庭です。
そのとき、ろくさんの耳に、懐かしい奥さんの声が聞こえました。
『この庭を花でいっぱいにしましょう。町の人たちを呼んでお茶会をするの』
それは、この家が完成する前に、病気で死んでしまった奥さんの、果たせなかった夢でした。
ろくさんはたまらなくなって、外に飛び出すと、雪だるまに駆け寄りました。
「許してくれ。チルル。わしが悪かった」
ろくさんの目から大粒の涙があふれます。
「わしの願いは、死んだ家内の夢をかなえることだ」