アドール
やがて、それまでの静けさが嘘のように、周囲を喧騒がうずまく。途切れ途切れに、いろんな声が聞こえては通りすぎる。
「なんだ今の音は」「外か?」「たっ、たっ、大変だ!」「おいどうした」「ひっ、人が」「ヒト?」「きゃああああ!」「倒れてっ、倒れてる! 人が!」「救急車!」
こちらを歓迎するように開かれた両開きの窓から、ゆるく柔らかな風が吹き込んでくる。ひらり、ひらり、そんな鼻歌が聞こえてきそうなほどの軽やかさで、純白のカーテンが舞っている。
おもう。それは何かに似ている。なんだったろう、と僕が一瞬だけ脳を思考へと昂ぶらせると、答えは瞬時に弾きだされた。
(彼女のドレスの、裾の色だ)
自分の両足が動き出し、ひっそりと、慎重に上体を運びはじめる。
彼女が褒めた、重厚な窓枠に手をかける。ごつりとした手触り、それでも、木で丁寧に作り上げられたそれは、人の親切のような温かみをてのひらに伝えてきた。
カーテンは彼女のドレスの色だ。この窓枠は彼女の褒めた世界の物語だ。
もうそれだけで、充分なんだろうって、僕は思った。
窓から外を見下ろすと、たくさんの人が慌てふためき、あちらこちら、右往左往、好き勝手に散らばって必死に何かをしようとしていた。すみません、ちょっとそちら、邪魔ですよー。心の中でだけそう告げて、僕は、自分が笑っているのを念入りに確認してから両手を広げた。
そして、空へ飛んだ。