インビンシブル<Invincible.#1-2(2)>
一つの部隊を預かる立場として血気に流される訳にはいかない。
そうはいうが、この憤りと不愉快さは饒舌しがたい。
ラックの挑発に、不思議と打算は感じなかった。
感情から発した素直な言葉だと言うのは解る。
あちらも、相当いらついているのだろう。
そうは理解できてもだ。
鬱憤晴らしをしなくてはこの気持ちは納まらない。
ヴァルバスの中で、どす黒いドロドロとした
汚泥が沸き上がってきた。
汚泥が訴えるのは、怒り、哀しみ。
その根源は、他者に理解されたい欲求そのもの。
何故、俺を理解しようとしない。認めようとしない。
そんな奴は、そんな奴は---!
感情の奔流は激情に姿を変え、ヴァルバスの体を突き動かしていた。
どす黒いオーラが、K・ジャッカルの躯体を包んだ。
その時、コックピットのビューモニターを真っ白い光が覆った。
閃光弾の光。
ライオン・ハートか、それともその僚機からか。
いや、そんなことはどうでもいい。
マシンの高度なアビオニクスでさえも
補正できない程の眩い閃光。
風景と物体を区切る輪郭さえも白色の中に溶けていく。
「くそ!こんな、ちゃちな真似で!」
視界を奪われようとも、センサーは敵を認識しているはず。
とっさに機転を利かしセンサーを頼りにして、
機体を前に出そうとした、その瞬間。
鈍い衝撃が、コックピットブロックを揺らした。
敵の牽制射撃だった。
白色に濁った視界の中で、何本ものビームの粒子線が
脇を通り過ぎていった。
『バリー!』
通信越しに聞こえたミュートスの、怒気を
はらんだ声を聞いて、我に返った。
『指揮官が、いい加減になさい!熱くなりすぎよ』
自分を叱咤する声にはっとして、ヴァルバスは愕然とした。
戦いに没頭し、指揮官としての本分を忘れていた
己の不甲斐なさに、ヴァルバスは自省の念を
抱かずにはいられなかった。
「…すまない。副官に指揮をほうったまま戦いに
のめりこんでしまうとは、不甲斐ない」
『…ま、結果オーライなんじゃない。
ライオンを足止めできたおかげで、戦局はいくらか有利になったのだし』
「そうか…。すまん」
こういう時に限って、傍で諫めに回ってくれるミュートスは、
猪武者の自分にとってはありがたい存在だった。
やはりというか、レーダーからは、ライオン・ハートを含め、
その遼機達も姿を消していた。
こちらが閃光の中で敵を見失っている隙をついて、
手早く撤退していったのだろう。
(…しかしだ)
結局、ライオンを圧倒して見せたとはいえ、
決定的な一撃を決めることができなかった。
自身の力の至らなさに、ヴァルバスは歯がゆさを
覚えずにはいられなかった。
同時に、自分を『お坊ちゃん』と吐き捨てた、
ラックに対する怒り。
USV将校である父、ガリゥ・アルミドルは確かに、
自分の中では影響力も大きく、尊敬に値する人物だ。
当然、そんな父に対する負い目やコンプレックスなどもある。
なにかにつけて、自分には父の影が付き纏う。
成果を出せば『さすがはガリゥの子』だと、
妬み卑しい連中は口にする。
だが、自分は父の力を借りたことなど、ただの一度もない。
努力と研鑽を重ね、己の腕一本だけで、ここまで上り詰めたのだ。
国防大を卒業したばかりの時分は、
同期の連中や上官などには「親の七光り」など
陰口をたたかれていたが、己の能力を証明し実力を
見せつけたことで、そういった瑣末な輩の雑音も消えていった。
ガリゥの子ではなく、ヴァルバス・アルミドル自身として
実力を証明することに自分は成功したのだ。
それを、親の威光で昇進してきたみたいに言われるのが
ヴァルバスにとって一番心外で、とても許せないことだった。
(ラック・キスキンス。人の脛をたたいてバカにする男だ。
だが、次は討ち取らせて頂くさ)
妄執にとらわれるほど鬱屈してはいないが、
この屈辱は返さねばならないだろう。
to be next #1-2(3)
作品名:インビンシブル<Invincible.#1-2(2)> 作家名:ミムロ コトナリ