ひとつの恋のカタチ
「あいつ、今フリーなんでしょ? 噂を聞いてる限りじゃ、女ったらしでオススメ出来るような男じゃないと思うけど、あんたの気持ちが本物なら、一度付き合ってみればいいじゃない」
「こ、告白なんて出来ないよ。私、付き合うとかってしたことないし……」
弱腰の佳代子に、奈美は顔色一つ変えずに口を開く。
「でも、好きなんでしょ? ずっとあいつのこと見てるじゃん」
「……ここ数日、考えてみたんだ。確かに山下は女癖悪いし、付き合うとかって考えられないかもしれないけど、でも気になるばかりで……」
「じゃあ、さっさと告白しちゃいなよ。二股、三股は当たり前っていうあいつがフリーなら、今しかないじゃん」
奈美は、ここ数日の佳代子を見て、佳代子の気持ちが本気になっているのだと知っていた。未だ彼氏が出来たことのない佳代子にとって、女性関係で良い噂を聞かない山下と付き合うのはどうかと思ったが、友達の恋は応援したいと思った。
「告白って……どうやってすればいいの?」
佳代子が尋ねる。
「どうって……どこか二人きりになれる所に呼び出したりして、好きだから付き合ってくださいって言えば、何かしら反応あるでしょ。まあ、あんたの恋なら、私も応援するから」
そんな奈美の言葉に、佳代子は嬉しくなった。
「よし、やる! 告白する!」
意を決して、佳代子が言った。
「マジ? よし、応援する。じゃあ、作戦考えよう」
「作戦?」
「まず、呼び出す所だけど……」
二人は、佳代子の告白の作戦を立て始めた。
次の日。緊張しながら、佳代子は学校へと向かっていった。
告白のシュミレーションは家でバッチリしてきたが、頭の中も体も、緊張でガチガチになっている。
「大丈夫? なんか、すごい顔が強ばってるんだけど……」
歩きながら、奈美が心配そうに尋ねる。
「だ、大丈夫。緊張して、ほとんど寝てないんだけどね……」
「もう。本当に大丈夫?」
二人はそんな会話をしながら、教室へと向かっていった。
「マジかよ!」
二人が教室に入るなり、数人の男子グループが、大声で話している。
「どうしたの?」
そこに、登校してきたばかりの男子が輪に加わる。そんな様子を、佳代子と奈美も見つめていた。
「聞けよ。山下のやつ、昨日四組の堀内さんに告られたんだってよ」
その言葉に、佳代子は固まった。
「マジかよ。堀内さんって、あの堀内さん? 天然美少女キャラの? 羨ましい……」
「なんだよ、山下ばっかりモテてよー。少しは分けろよな」
「返事はもちろんオーケーだよな。あれ、肝心の山下は?」
「まだだよ。万年遅刻魔だからな、あいつ」
男子生徒たちが、朝からそんな大盛り上がりを見せているが、山下の姿はまだないようだ。
佳代子は小さく溜息をついて、無言で席へと着く。
「佳代子……」
そんな佳代子を心配しながらも、奈美はなんと声を掛けたらいいのか分からなかった。
噂でしか山下のことは知らないが、手当たり次第に女性と付き合ってきた遍歴からすれば、フリーの時期に美少女から告白されて、山下が断らないはずがない。
告白する前の玉砕というものは、いかに辛いものだろうと察し、今の奈美には慰めの言葉も見つからなかった。
しばらくして、チャイムの音とともに、山下が駆け込んできた。
「山下。またギリギリかよ」
男子たちが声を掛ける。
「セーフ……なんだよ。最近、遅刻はしてないじゃん」
眼鏡を正しながら、山下が息を切らしてそう答えた。
「それよりおまえ、噂だぞ」
「そうだよ。四組の堀内さんに告られたって、本当かよ。もう食っちゃったか? この野獣が!」
男子たちが、構わず囃し立てる。
山下は、顔を顰める。
「なんで知ってんだよ……」
「たまたま見えてしまいました。四階の階段のトコでさ」
「あのなあ……」
その時、担任が入って来たので、話は一旦打ち切られた。
佳代子は、そっと山下を見つめた。四組の堀内という女子は、女子の間でも可愛いと有名である。佳代子と比べられたら、ひとたまりもない。
山下に告白しようとしていた佳代子だったが、その気はすっかり失せていた。
昼休み。
「元気出しなよ。良かったじゃん。告白する前でさ……」
未だ沈んだ様子の佳代子に、奈美が必死に慰める。
「うん……」
生返事の佳代子に、奈美も小さな溜息をついた。
「もう。本当に元気出してよ」
「ん……ごめん。ちょっと、トイレ行ってくる……」
生気のない佳代子は、フラフラと廊下へ出ていった。
「中島!」
そこで佳代子に声を掛けたのは、悩みの原因である山下であった。ここしばらく、話す機会もなかったので、佳代子は驚いて山下を見つめる。
「山下……」
「ちょっと、話したいことあんだけど」
「……何?」
山下を前にしても、まるで魂の抜け殻のように、佳代子は返事をした。
「……どうかしたのか? なんか元気ねえな」
突然、山下が佳代子の顔を覗き込んで言う。
「え。べつに、そんなことないけど……」
「ええっと、じゃあ……これ、読んで」
そう言って、山下が徐に小さく畳んだメモを渡した。
佳代子は怪訝な顔をして、無意識にメモを開く。
中に書かれていた文字を見て、佳代子は飛び上がるほど驚いた。
『オレとつきあってください』
メモに書かれた文字を何度も追って、佳代子は瞬きをする。
「えっ、ええっ!」
言葉にならずに、佳代子は山下を見つめた。
「だから、そういうこと……」
異様な光景の二人に、廊下を行き交う生徒たちが、ちらちらと二人を見つめる。
「か、からかわないでよ! どうせ男子の間でやってる、バツゲームかなにかでしょ!」
大声で佳代子が言った。混乱して、何も考えられない。
「べつに、そんなんじゃ……」
「だってあんたには、堀内さんがいるじゃん!」
佳代子はそう言うと、その場から走り去っていった。
山下の行動は、佳代子には理解できなかった。信じられなかった。悲しみが込み上げ、佳代子は一人、泣いていた。
放課後。なんとか最後の授業には出た佳代子は、奈美にすべてを打ち明けた。
「……嘘だって、言い切れるの? そりゃあ、一時期そういう、好きでもない子に告白するバツゲームは流行ってたみたいだけどさ……」
奈美が、また今にも泣きそうな佳代子の話を聞きながら、そう尋ねる。
「だって……堀内さんからの告白、断ると思う? 確かに山下、今まで遊んでたの有名じゃん。顔もいいからよりどりみどりだろうし、私なんか……」
「ああ、もう。わかった。とにかく、学校出てどっか行こう。気分転換しようよ」
「うん……」
重い腰を上げて、佳代子は奈美とともに、教室を出て行った。
すると、教室の前の廊下では、山下が待っていたかのように立っていた。
「山下……」
「……話は終わった?」
山下が、佳代子と奈美に言った。
「何の用よ」
佳代子を守るように立って、奈美が尋ねる。
「告白タイム。手紙じゃ分かってもらえなかったみたいだから」
「あんた……」
二人の目には、いつになく真剣な顔の山下が映っていた。
「中島。俺、堀内とは何でもないから……断ったから」
山下は人目も憚らず、佳代子に想いをぶつける。