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ひとつの恋のカタチ

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 一気に心が沈んだように、真里はこの場から逃げ出したい気持ちに駆られていた。

 数時間後。真里はバイトを終え、ロッカールームへと入っていった。すると、中では田村が着替えをしている。
「……」
 真里は頭が真っ白になったが、開けた手前、入らないわけにもいかず、そのまま奥の女子更衣室へと駆け込んでいった。
 そこは低い壁で仕切られただけの同じ部屋で、お互いの空気を感じることが出来る。
 真里はその場で田村が帰るのを待つが、田村は一向に帰る気配がない。仕方がないので、真里は着替えを終えると、逃げるように更衣室を飛び出した。
「浅沼!」
 田村の前を横切ったところで、田村がそう声を掛けた。
 足が竦むように、真里は立ち止まってしまう。
「あ……びっくりしたよ。なんか、変わったな」
 そんな田村の言葉に、真里は怒りに震えて田村を睨みつけると、そのまま何も言わずに店を飛び出していった。

 外へ出てからも、真里は必死に走っていた。涙を流し、暗い過去に引きずり込まれる錯覚を覚え、もう田村のことは思い出したくもない。
 どんなに見た目が変わっても、消せない過去が真里にはあった。
「浅沼さん?」
 そんな声が聞こえて、真里は振り向いた。
 するとそこには、同じクラスの女子、石川と、真里が現在憧れている男子、中山がいた。
「石川さんに、中山君……?」
 意外な組み合わせの二人に偶然会ったので、真里は驚いた。
「どうしたの?」
 そんな真里にはお構いなしに、涙を流している真里を見て、石川が尋ねる。
「なんでもないの……それよりびっくりした。二人、付き合ってたんだね」
 真里は涙を拭いながら、笑って言う。ショックもあったが、美男美女でお似合いの二人という感じで、自然のことだと思える。
「嫌だ、付き合ってないよ」
「そうだよ。駅で偶然会っただけだよ。俺、これから塾だし」
 石川と中山が、揃ってそう言った。
「それより、何かあったの? よければ話し聞くよ。まだ時間あるし」
 本当に心配して中山がそう言ってくれたが、真里は悲しく微笑む。
「大丈夫だから。本当に……」
 そう言いながらも、また涙き出しそうな真里の手を、石川が取った。
「ねえ、時間ある? ちょっと付き合ってくれない?」
 石川は笑ってそう言うと、真里の手を引っ張りながら、近くの喫茶店へと入っていった。

「言いたくないならいいけど、死にそうな顔してるのは見てられないな」
 喫茶店で対面した形で座りながら、石川がコーヒーを飲んで言った。その隣には中山もいる。
「死にそうな顔、してるかな……」
「してるな……」
 思わず顔を覆う真里に、中山も言う。
「してるしてる。こんな所から逃げ出したいって顔。でも浅沼さんに会えてよかった。お洒落博士だもんね」
「え?」
 話を変えるように、石川が明るくそう言った。真里は首を傾げる。
「この服、可愛いなって思って、買いに行こうと思ってたんだ。よかったら、買い物に付き合ってくれない?」
 先日真里があげた雑誌を開いて、石川がそう言った。
「お洒落博士か……」
 そう言われ、真里は嬉しいながらも苦笑する。石川が元気づけようとしてくれているのが、痛いほどわかった。中山も力になりたいといった表情で、真里を見つめている。
 そんな二人を前にして、真里は静かに口を開いた。
「……私ね。中三の時に好きな人がいて、告白したんだ。そしたら次の日、クラス中から笑い者にされてた……それからもう、ショックで学校に行けなかった」
 呟くように、真里は二人に過去を打ち明けた。誰かに聞いて欲しかったこともある。
 真里は言葉を続けた。
「高校からは新しいスタートを切ろうって思って、遠くの高校を選んだの。ダイエットも頑張ったし、メイクもお洒落もするようになって、前の私とは比べものにならないと思う……だけど今日、バイト先に新人が入って、その人……私が告白した相手だったんだ……私、次に会ったらどうすればいいのかわからなくて……」
 真里の話に耳を傾けながら、石川と中山は真里を見つめている。真里はもう一度、泣きそうな勢いだ。
「……すごいね」
 少しして、石川がそう言った。
「え……?」
「すごいよ、浅沼さん。だって、ちゃんとリセットして、再スタートを切ったんじゃない。私、気付かなかったよ。浅沼さんに、そんな過去があるなんて」
「石川さん……」
「うん。それに、その人と再会したのは不運かもしれないけど、浅沼、バイトを辞めることまでは考えてないみたいじゃん。次に会った時のことを考えてる……それって、ここで辞めて逃げるんじゃなくて、新しいステップに踏み込むってことだよな? そういうところ、強くてすごいと思う」
 中山にそう言われ、真里は驚いた。確かに、さっきはその場から逃げたかったが、バイトを辞めようとまでは考えていなかった。
「……言われてみれば、本当だ。バイト先はいい人ばっかりだから、辞めることまで考えてなかった……」
 真里の言葉に、石川と中山は優しい笑みを向けている。
「……きっと乗り越えていくんだね。大丈夫だよ。私は今の浅沼さんしか知らないけど、私が知ってる浅沼さんは、お洒落で綺麗で明るくて。きっとバイト先の人も、味方になって守ってくれるよ」
 石川の言葉が、心強く響く。
「ありがとう……なんか楽になってきちゃった。あいつのことなんか、どうでもよくなってきちゃった。ああ、もっと反応見てればよかった。あいつのために、高校デビューで綺麗になったのに!」
 吹っ切るように真里が言った。まだ空元気ながらも、希望が見えた気がした。なにより二人の存在が頼もしい。
「そうそう、自信を持ちなよ。学校では俺も力になるし……って、ごめん。こんな時だけど、もう塾に行かないとヤバくて……何かあったら、学校で言ってよ」
 そう言って、中山が立ち上がる。
 元気付けてくれる石川と、密かに憧れていた中山に打ち明けて、真里は心なしか楽になっていた。
「ありがとう、中山君」
「全然いいよ。じゃあ、学校で」
 中山はそのまま去っていった。
「石川さんも、ありがとう」
「ううん。少しでも楽になれたなら嬉しい。私も心が軽くなったよ。浅沼さんみたいに、どんなことも強く乗り越えなきゃって思うもん」
 真里と石川は、お互いに笑った。
「元気にさせてくれたお礼に、買い物付き合うよ」
 そう言って、真里は石川とショッピングをすることにした。

 数日後、月曜日。
「聞いた? 石川さん、学校辞めちゃったんだって!」
 教室に入るなり、真里はそんな声に驚いて足を止めた。
「浅沼!」
 そこに声をかけたのは、中山である。
「中山君。何があったの!」
 何かあったのだと察して、真里が中山を見つめる。
「……石川が学校辞めたらしいんだ。たぶん、この間会った時にはもう……」
「そんな! 何も言ってなかったよ?」
 中山の言葉に、真里が訴えかける。そんな真里に、中山は目を伏せるだけである。
 真里は自分の不甲斐なさを恥じていた。自分の不幸に落ち込むだけで、あの後、日が落ちるまで一緒にいて元気づけてくれた石川の心情に、少しも気付くことが出来なかった。