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ひとつの恋のカタチ

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 物凄い勢いで起き上がりながら、亜由美はメールを開く。
『おつかれさま。突然こんなことになって、亜由美ちゃんにも申し訳なく思います。僕のほうも急なので、準備だなんだで大忙しになりそうです。店長とも話しましたが、今月いっぱいで辞めるつもり。みんなにも迷惑掛けると思うけど、よろしく頼むね』
 森からのメールに、亜由美は落ち込む一方だった。
「今月いっぱい……」
 思いのほか、リミットは迫っていた。亜由美は、もう一度メールを打つ。
「残念です。まだまだ新米なので、いろいろ教えてもらいたかったんですが……」
 亜由美がメールを送ると、また森から返事が来た。
『大丈夫。もう僕が教えることはないよ』
 そんな返事に、亜由美はまたメールを返す。
 その繰り返しで、結局それから一時間ほど、二人はメールを続けていた。
『そろそろ遅くなってきたので寝ましょう。じゃあ、今度の土曜日に』
 森からのメールに、亜由美は「おやすみなさい」とだけ返した。
 一時間のやりとりによって、亜由美は土曜日にデートするところまで漕ぎ着けていた。今週は、亜由美がシフトに入っていなかったからである。いろいろ話したいことがあるという亜由美の言葉に、森が別の日に会ってくれると約束してくれたのだった。
 なりゆきではあったが、亜由美は嬉しくてたまらない。

 土曜日。今日が最後という意気込みで、亜由美は森との待ち合わせに向かっていった。
 いつになくお洒落に時間を掛け、普段買わないようなファッション雑誌を参考に、何度も鏡を見つめた。今日が最後だという意気込みによる切迫感と、焦るような勢いが亜由美を支配する。
「ごめん、待った?」
 そこに、森がやって来た。
「あ、いえ……」
「制服見慣れてるから、なんか私服なだけで緊張するなあ」
 照れながら森が言う。
 森の言葉に、亜由美も嬉しさを隠せない。だが、亜由美は緊張のため、普段の元気な亜由美ではいられなかった。
 その後二人は映画を見たり、夕食を食べたり、恋人のような時間を送る。
 亜由美はそんな時間に酔いしれるように、二人の時間を堪能した。

「今日はありがとう。ごめんね、いろいろ連れ回しちゃって」
 駅まで送ってくれた森が、改札の前でそう言った。
「いえ、そんな……こちらこそ、わざわざ時間作ってもらっちゃって……」
 今日、森に告白しようと決意してきた亜由美だが、なかなかそこまで踏み切れない。亜由美は電車なので、今日はここでお別れだ。
「ううん。僕も楽しかったよ。じゃあ、気をつけてね」
「はい……ありがとうございます」
 亜由美が手を振ると、森は笑って背を向けた。
 今日で最後というわけではないが、このまま何も言えないままでは、最後まで告白など無理だと思った。だがそう思っても、亜由美は森の背中を見つめることしか出来ない。
(このままでいいの……? このままじゃ、いつまで経っても何も言えないんじゃない。それでいいの?)
 心の中でそう繰り返されるが、亜由美はその場に縛りつけられたかのように動けず、声も出ない。溢れ出たのは、どうしようも出来ない悔し涙だけだった。
 その時、背を向けていた森がふと振り返った。森は、まだ自分を見つめている亜由美に驚き、首を傾げてこちらに近付いてくる。
「も、森さん!」
 次の瞬間、亜由美は吹っ切れたようにそう叫んでいた。
 森はその声に立ち止まり、亜由美を見つめる。
 亜由美はもう迷ってはいなかった。そのまま涙を拭うと、森に駆け寄った。
「……どうしたの? 亜由美ちゃん」
「私……今日、決めてきたんです。私、森さんのことが好きなんです!」
 勢いに任せて亜由美が言った。何も言えないままで終わるのは嫌だと思った。
 だが森は、相変わらない目で亜由美を見つめている。
「……僕も好きだよ」
 思いのほか、森はすんなりそう言った。
「でも……」
 続く森の言葉に、亜由美の体にもう一度緊張が走る。
「でも、僕は実家に帰らなきゃならないんだ。もうこっちにいられるのも、一ヶ月もない。だから……」
「それでもいい!」
 とっさに亜由美がそう言った。このままでは断られると思った。
「亜由美ちゃん……」
「それでもいいです。私、森さんと……」
 また溢れ出そうとする涙を堪えながら、亜由美が言った。少しでも気が緩めば、涙が零れ落ちそうだ。
 そんな亜由美を見つめたまま、森は冷静に口を開く。
「でも亜由美ちゃんはまだ高校生だし、このまま付き合えたとしても遠距離になっちゃうよ。そういう関係が続くとは、正直僕は思えない……」
 森が言った。確かに、このまま二人が付き合っても、遠距離恋愛になることは明白である。そうちょくちょく会える距離でもない。だが、亜由美はそれでも良いと思った。
「私は……大丈夫です。森さんのことが好きだから……離れてたって、大丈夫です」
 真っ赤になりながらの告白。遂に亜由美の瞳から涙が零れてしまった。だが、泣き落としはしたくない。亜由美はとっさに涙を拭うと俯いた。
 森は静かに微笑み、亜由美の顔を覗き込む。
「じゃあ、付き合おうか」
 優しい森の声に、亜由美は顔を上げた。森は優しく笑ったまま、亜由美を見つめている。
「……本当に?」
 亜由美の言葉に、森が笑う。
「僕もずっと前から好きだったよ。でも亜由美ちゃん、高校生だし。実家に帰ることは前から決めてたから……ごめんね、僕から言ってあげられなくて」
 森はそう言いながら、亜由美の手を握った。暖かい温もりが、二人を包む。
 知らぬ間に交差していた想い。森も亜由美を見てくれていた。遠距離恋愛に不安がないわけではなかったが、互いの温もりが安心感を生んでいる。今は互いのことしか見えなかった。

 半年後。
「亜由美ちゃん。森さんとはどうなの?」
 バイト先のロッカールームで、変わらずバイトを続けている真里が、亜由美に尋ねた。
「うん、順調だよ。毎日メールもしてるし。あ、見る? 森さん最新画像」
 亜由美はそう言って、昨日届いたばかりの写メールを見せる。
「あれ、髪切ったみたい? でも変わってない」
「うん。昨日切ったんだって」
「へえ。遠距離なんてどうなるかと思ったけど、心配なさそうで良かった」
 真里の言葉に、亜由美が微笑む。
「うん。まだまだ不安もいっぱいだけどね……でも好きだから。大丈夫!」
 頼もしい亜由美の言葉に、真里も頷いた。
「二人なら、きっと大丈夫だね」
「もちろんよ」
 自分に言い聞かせるような決意に満ちた亜由美の言葉が、亜由美自身を支えていた。
 その時、亜由美の電話が震えた。メールの着信である。
『休みが取れたので、今度の週末、そっちに行きます』
 森からの、そんなメールだった。
「やったー! 半年振りに会えるよ、真里ちゃん!」
 興奮しながら、亜由美が言う。
「本当? おめでとう!」
「うん、うん!」
「早く返事してあげなよ」
「うん!」
 亜由美はメールを打ち始めた。
 何度も考えながら、言葉を探してゆく。その言葉が繋がって、離れている二人を繋げる。

 離れていても、想いは繋がっている……ひとつの恋のカタチ。