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詰めの一手・解決編

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碁盤を挟んで、二人は検討を始めた。最初に口を開いたのは『打たず』だ。
「さて、先輩。そろそろ資料は出揃ったと思いますが?」
 碁盤の横に作られたスペースに所狭しと並べられている。『打たず』は無造作に資料を手に取り、
「まぁ、中には関係のないものもあるでしょうけど」
 そう言って、歴代の代理実行局の構成員のプロフィールを広げた。

代理実行局の初代局長は、三十数代前の生徒会長だ。当時は、学生運動などがあり、学校側がその一連の運動を危険視して、学生自治を認めなかった時代に当たる。
 この時期に、代理実行局が出来たというのは偶然ではないだろう。

 忠義は黄身時雨をクロモジの楊枝で二つに分ける。最近の茶道部はデリバリーもするらしい。
 ぽろぽろと崩れる黄身時雨を頬張る。甘い。糖分を摂取して、頭がゆっくりと動き始めるのを感じる。

 当時、生徒自治が実現できなかった生徒会は学校非公認の組織を作った。それが代理実行局である。
設立当初のメンバーの半数が生徒会メンバーである事を考えても、生徒自治の精神故に作った組織だというのに間違いないだろう。今の形だけの生徒会とは大違いである。

 しかし、それだけなら生徒主導の学園自治が回復した時点で存在意義が無くなったはずだ。また、今みたいに生徒会を傀儡とするような巨大な力を持つようになったには別の理由があるはず。

『打たず』の指が次のページを捲る。前年度生徒会副会長だった生徒が生徒会長と兼任して、代理実行局局長に就任している。また、この代で代理実行局の運営方針が決まったようだ。その後の代。つまり、世の学生運動が急速に下火になった年の局長が、この代理実行局の存続の為に打った一手が妙手と評価せざるを得ないわけだ。

「まさに、明察」
『打たず』は自分の黄身時雨を真っ二つにした。
 八重歯が攻撃的な印象を与える笑みを浮かべ「これはいい」と、一人先に結論へ至ったようだ。
問題の解法が解ったかのような爽やかさだ。

「わかったなら、オレにも教えてよ」
「別件請求しますよ?」
 若干上目遣いで見つめ、諦めたように語りだす。
 そもそも、と『打たず』は続ける。
「今読んだ資料は実は大して役に立ってません」
 結論から言った。

「元々先輩が持っている情報からでも同じ結論にたどりつけます。ささ、先輩次の資料を読みましょう」
 と、出来の悪い教え子がどの時点で回答にたどり着けるかを楽しむかのようだ。
「これなんて、解り易くていいと思いますよ」
 そう言って胸ポケットから生徒手帳を取り出した。
忠義は、碁盤に置かれた生徒手帳を手にとって見る。表は顔写真と氏名に学年が書いてある。

普通の生徒手帳だ。

中に違いがあるのか、と見ても、目次に始まり、建学の精神、校歌、校則、と自分の生徒手帳との違いを見つけられない。
「普通の生徒手帳じゃないか?」
 思った事をそのまま口にする。
「ええ、先輩のとなんら変わらない生徒手帳です」
 何かの冗談か、と勘ぐる。

「先輩。自分の持ってますか?」
「あ? あぁ、ちょっと待って……」
 胸ポケットを探っても、定期しか出て来ない。ズボンの右ポケットにはハンカチ、左にはメモ帳、尻ポケットには財布だけしか入ってなかった。財布の中身は、二千円札がお守りのように一枚と、硬貨が数枚。それと、今時使い道がない度数二十一のテレカと、カラオケの会員証に、レシートが少々。

「……今日は忘れた」
作品名:詰めの一手・解決編 作家名:浅日一