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あの昼下がりまでの萎れた純白

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「穴を見つけたんだ。真っ暗な穴さ」
話はその台詞を起点にしていた。子鷲はまるで今その隣を歩き始めたかのような顔をして「待ってくれ、何の話だい」と言った。鸚哥は彼方をちらと見て、なんにもなかったように最初から話し始めた。

「・・・藤の木の生えている家があるだろう、線路の脇に。帰り道の途中にさ、通りがかったら見つけたのさ。今日よりも暑い日で、花はもう無くなっていたから細長い葉っぱの向こうに見えたんだ。君なんかが頭から落ちるくらいの大きさのまん丸な穴だった」

子鷲ははじめの単語を聞き逃したが、萎(しお)れているのか少し捩れたような葉の枝を透かして、斜めから差し込む光と立ち尽くす鸚哥の影が見えたような気がした。彼の話す光景は、時たま直接網膜に映り込むような感覚を伴う。鸚哥の言葉が上手い訳でもないのに、と彼は常々不思議に思う。

「それで、見つけて君はどうしたんだ」
「近くで見ようと思って塀の内に入った。誰もいない様子だったから」
悪びれていない表情に薄ら寒くなったかどうかは問題にせず、子鷲は続きを促した。鸚哥は正門から入り、藤の木の根方まで来て穴のほうを伺った。それは小さな、両手を広げたくらいに少し足りないような幅の縁側の下に口を開けているらしかった。
「それはまた変わったところにあったね」
「うん、それでもっと寄ってみようとしたら、『誰』って」
「見つかったのか」
「女の声だった」
縁側の奥の暗がりから、引き攣れたような掠れた声が中空を裂いて鸚哥に届いた。

「誰」
「そこは入っちゃだめなのよ」
「そこはおかあさんの花壇をつくるところだから、入ったら駄目」

返答に困っていると、その声は立て続けに咎めた。しかし台詞は刺々しいが口調は幼く、責める事象は鸚哥の立つその場所についてばかりなので、鸚哥もなんだか奇妙な心持ちになって多少微笑いながら声だけの彼女に謝った。「それから二三適当な事を話して、塀を乗り越えて帰った」
「・・・」
「今、間抜けだと思ったろう」
「まさか」
「あぁ、眩暈がするなぁ」

二人は道端の木漏れ日が揺らめくのを見て目を細めた。幾ら鸚哥の話が現実味と見慣れた色彩を持って迫ってこなくとも、子鷲はそれを頭から否定することは無かった。
出来なかったのかもしれない。
それともやはり、只の法螺(ほら)だと思っていたのかもしれない。

寄り道をしようと言って勝手に歩いていく鸚哥の一歩半後ろを歩きながら、子鷲は口を開いた。
「そう、そういえば」鸚哥が視線を此方に向けたので、子鷲は道の反対側に生えている水仙の群れを見た。花はもうついていない。
「君の話とはまた違うかもしれないけれど、一度だけおかしなものを見たことがある。というか、記憶というか」
「どんな?」
「引っ越してくる前の、随分小さかった頃の話なんだけれど。住んでいたアパートの側に線路が通っていて、少し行くと登り坂になってたんだ。それで、その日は」
鸚哥は子鷲の顔から目を離さない。息苦しいほどに見つめてくるその双眸の網膜にも、己の記憶の光景が映りこんでいるのだろうかと子鷲は勘ぐった。
「もう夕方だったから、僕は妹を迎えに坂の下まで行ったんだ。小さい自転車に乗った女の子が坂を駆け下りてきて、二人で帰った」
「ふーん」
鸚哥は口の端で笑った、それは玩具を見つけたときの顔だった。
「君、妹なんていたっけ」
「いないんだ。可笑しいだろう」