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信じてなんてきみがいうから僕はたまらなく悲しくなる

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「……、いつき」
「遅くなったな、蒼」

半端に伸びた亜麻色の髪も、もともと陽に当たるのが嫌いだから色素の薄い肌も、今は病的なくらいに青白く見える。その綺麗な顔に嵌めこまれた丸い翡翠のいろをした目が、零れちまうんじゃないかってくらい開かれて俺を見た。
鎧に当て身をくらわせるなんて離れ業をしたせいで肩が痛い。とにかく駆け寄って、正面から蒼を捕まえた。細い身体は前よりもっと細くなって、力を込めたらひしゃげてしまうんじゃないかってくらいに頼りなげだ。
そしてひどく冷たい。雨に降られた俺からも貪欲に体温を奪うくらいにその身体は冷え切っていた。纏っているのは衣服というよりは布切れに近いもので、俺は上着を脱いでその身体に着せかける。俺の上着は蒼には少しばかりでかすぎたけれど、無いよりはましだろう。文字通り明日死ぬんだから与えるものなどないということか。

蒼が居なくなって一年間、俺は世間ってモンを知って、それから世界の汚い所をその倍は知った。蒼はその汚い所に放りこまれてどれだけ苦しかったことだろう。心配になるくらいにまっしろなまま、汚れない無垢なままでこんな所に閉じ込められてどれだけ辛かったことだろう。
外装は真っ白なこの小ぢんまりした神殿も、私利と私欲とあるところにはあるんだなっていう汚い大金で出来たものだ。潰れてしまうんじゃないかと心配になってその身体を離すと、けほけほと蒼が咳きこんだ。

話したいことが山ほどある。伝えたいことも。それから、言いたくて言えなかったことも。けれどそれは後回しだ。腰から下げた剣で、蒼の足首に食い込む鎖を斬ってやる。自由になった身体で、蒼がもう一度俺にしがみついた。

「…来てくれた、」
「間に合ってよかった」

いざとなったら大神殿に乗り込んで、儀式の途中でも喰いとめて浚って来るつもりでいた。思ったより手薄だったこの神殿より、どうやら大神殿が警備の厚いところらしい。かといっていつまでも長居出来る状況ではなかったから、俺は片腕で蒼を抱えあげた。簡単に持ち上がった身体はすかすかで、病気なんじゃないかと俺は不安に思うほど。けれど俺の疑念は口に出すまでもなく、蒼によって解決する。

「お腹減った」

一歩遅れて響き渡る盛大な腹の音に、俺は思わず眉を下げて笑っていた。
いくらでも好きなものを食わせてやるよ、蒼。料理だって上手くなったんだ、自炊が続いたからかな。

「お前はその分じゃ、まだ林檎も剥けないんだろう」

蒼が苦しんでいるって知っているのに何も出来なかったぶんの想いも、それからどうにか取りこぼさずに済んだ大切なものへの想いも、全部を詰めて、呟く。

「林檎も食べたい。それから、オレンジ」

片手に剣を引っ提げて、騒がしくなってきた廊下を避けて窓に剣を叩きつけた。つんざくようなガラスの悲鳴に身を竦ませる蒼を抱え直して、ガラスを踏んで駆けだす。多少の音は大振りになった雨が消してくれるだろう。

「それに、白いご飯を山盛りで食べたいな」

飯が与えられなかったわけじゃないだろうに、蒼の口を滑るのは食べ物の名前ばかりだ。生への希望を繋いだ蒼の顔は、さっき見たときより随分と生き生きして見えた。
いくら蒼でも、明日死ぬといわれたら焦燥があったんだろう。

「そうだな、明日買いだしに行こう。街に新しい商店街が出来たんだ」

明日もその次の日もあるんだ、だから焦らなくていい。蒼がぎこちなく笑顔になった。笑いかたを忘れたみたいなそれだったけれど、今の俺にはそれがたまらなくうれしかった。

脱出経路は付けていた。このまままっすぐ走って、少しだけ遠回りして町はずれの家まで。

「夢かと思った」

ぽつり、ともともと無口で、主語の抜ける蒼の喋り方。変わっていなくて少し安心した。俺が神殿の入り口に立ってから蒼の元にくるまでに、幾つも彼を苦しめることを見つけたのに。やっぱり強いやつなんだな、と、俺は思う。
あの日はじめて見たときから惹きこまれた翡翠の瞳の輝きが、変わっていないことに俺は安堵した。

「夢じゃないよ」

何本か道を曲がると、複数の足音がする。追っ手が出るのは思ったより早かった。そりゃそうか、儀式の前日に神の申し子がかどわかされたんじゃ教団の立場がないよな。
蒼の指が俺の首の後ろをちょっと引っ張る。夢じゃないか確かめるのは自分にやってくれ、痛いのは俺だ。

「…ありがと」
「大丈夫だ」

もう黙ってお前を見送るしか出来なかった俺じゃないよ。強くなった。言いたいことはたくさんあるけれど、上手く言葉にならなかった。それは蒼も同じようで、何度か口が開くけど言葉は出てこなかった。

沙羅ちゃんを、見た。俺がふと思ったのはそのことだ。相手が俺を認識する前に俺は当て身を食らわせて気絶させてしまったけど、彼女の纏う法衣が総てを説明してくれるようだった。蒼が彼女を好いていたことを俺は知っている。暇さえあれば彼女を見ていた翡翠のひとみは、一年前どのくらい絶望に歪んだんだろう。

見えてきた俺の家は二人で暮らすにはちょっとばかり小さめかもしれないけれど、お前は相変わらず細くてちっちゃいから大丈夫だろう。そんなことを言えば返ってきたのは、まったく話の主軸からずれたひとことだった。

「俺、ハンバーグ食べたい」

ああ、お前は本当に手のかかるやつだよ。変わらないね。そんなところにも安堵している当たり、俺はよっぽど教団を恐れていたらしい。生きる希望までこの欲のない小さな命から奪っていたんじゃないかと俺は心配していたんだけど。
さっきから食べ物の話しかしてないんじゃないかい、蒼。

「任しとけ」

しばらくは好きなものを好きなだけ食べさせて、そうだ、せめて標準体重くらいには戻してやるから覚悟しとけ。たっぷり陽に充てて髪も切って、それから。

一緒に生きよう。






【信じてなんてきみがいうから僕はたまらなく悲しくなる】