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小さな国のお姫様と大きな国の兵士の物語。

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ワルツを



  
数ヶ月前。

 その夜、きらびやかな舞踏会の中央にフィノアはいなかった。
三日ほど前に正式に婚約を結んだ。
フィノアは姫としてはおそらく最期の舞踏会を楽しむ気にはなれないでいた。
何人もの顔見知りである他国の姫や王子が誘ってはくれたが
足は重く、笑う自信もフィノアにはなかった。
めでたくフィアンセとなった王子は幸いにもいなかたっため情けない顔を見せずにすんだ。

 王子はきっと他の女性の所にいるのだろう。
お互い望んだ結婚ではない。他の好きな人がいようとかまわなかった。
夫となる男は三十歳になる第二王子。嫁ぐのは中堅の国で発言力も持っている。
小さい田舎の一国とは比べ物にはならなかった。
どこに行くにもついてくる次女や召使、豪華な食事、
綺麗なドレス、大きすぎる宝石のついた指輪。
つめたく冷え切った城内の雰囲気に飲み込まれ、孤独を感じる。
幸せになどなれるはずがなかった。

 フィノアは城を出てゆく姉の顔を思い出す。
みな辛そうに顔を伏せるのは、姉妹の別れが辛いからなのだと思っていた。
またいつでも会える、だから悲しまないでほしいとはげました。
勘違いもいいとこだわとフィノアは心の中で笑った。
なんて愚かなフィノア。おめでたい子ね。
お嫁に行った姉たちは一度も国に戻ってはこなかった。

 その場にうずくまって泣きたい衝動を抑え、下唇を強く噛む。
舞踏会の演奏がひどく遠いように聞こえる。
誰かの笑い声と、グラスの音がぐるぐると頭の中を回る。
昼間のように明るいホールの端、
フィノアは壁に背をもたれさせ踊る人々を眺めるフリをしていた。
今はどこか別世界のようだった。
いつもフィノアはその中心で、花のように笑い、踊った。
そうしていた日々がもうずいぶんと昔のようで、それは自分でない気がした。
あの頃に戻れたなら。
なにもかも、最初からこうなると知っていたのなら…

「踊ってはいただけませんか」
かけられた言葉に一瞬体がすくんだ。
声の主が誰であるのか顔を上げずともわかった。
優しい声なのに鼓膜を震わせ心をかき乱す。
返す言葉は一つしかなかった。腹から返事を搾り出し答えた。
「もうしわけありません」
そう、最初からこうなると知っていたならば、想い人などつくらなかった。
毎晩彼の生死を神に祈りなどしなかったのに…

 断りの返事を返しても青年はフィノアの前から立ち去ろうとはしなかった。
黙りこみ、そこから離れない。

 青年の背は高くがっしりとした体格で、炭のように黒い髪をしていた。
その瞳も紙と同じだったが黒曜石のように輝く強さを秘めていた。
名はティーダ、フィノアの三番目の姉が嫁いだ国に仕える側近の一人であった。
若いながらにして戦争で名を挙げ、いくつもの勲章を授与されていた。
いずれは王の信頼を置く騎士となり国を動かしていくこととなるであろう立場にいた。
誠実さと利発さを兼ね備えた理想的な青年であった。

  そっとティーダに手を取られ、フィノアが手を引くまえに握り締める。
剣を持つことに長けた硬い手だった。
この長く無骨な指先に撫でられるたびに胸を焦がした。
思い出してはならない、こんな想いはもう捨てなければならないものだった。
フィノアは胸が痛くてたまらなかった。
しかし指先から暖かさが伝わって甘い感覚が全身にしみこむ。
「あなたをお慕いしております、今も」
低く甘い声で優しく告げられる言葉。
その全てがフィノアの心には毒薬だった。

いっそのこと、その言葉を受け入れてしまえたのならば…
ここから二人一緒に、どこか遠い国まで逃げてしまえれば…
そう思うたびに父や姉、民の顔を思い出しそんなバカなこと出来はしないと首を振った。
自分ひとりのことでないのだ。結婚しなければならない。
フィノアは、それが自分に決められた運命だと必死に思い込んだ。
「―――っもうしわけありません……」
顔をうつむけただそう答えることがフィノアの精一杯だった。
声が震えているのは、きっと気のせいだと指をきつく握り締めた。
早く、早くどこかへいって欲しい。
視界に入らない場所へ行ってくれれば、この胸の痛みも少しは収まるだろう。
あの目に見つめらているかと思うとそれだけで目元が熱くなる。
泣くことは決して許されなかった。口内を強く噛む。
「必ずあなたをお迎えにあがります、どうか、どうか…」
「ティーダ、もうそれ以上は」
口にしてはだめ、と首を振り青年の手のひらをすりぬける。
彼の考えていることは禁忌に近かった。
逃げるように、王子の横を早足で通り抜けた。
その時の王子が小さな声で何かを言ったが、
フィノアは耳鳴りのせいだと自分を誤魔化した。

 フィノアは庭園まで出てから最期に顔を見ておけばよかったと後悔をしたが
きっとそうしていたならば、泣いてしまっただろうとと弱い自分を笑った。